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神秘的な霊地で人々を魅了する熊野三山の不思議!!投函できちゃう「謎の黒いポスト」の正体とは!?

2016-07-11

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出典:[663highland]https://ja.wikipedia.org/|https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%86%8A%E9%87%8E%E9%80%9F%E7%8E%89%E5%A4%A7%E7%A4%BE#/media/File:Kumanohayatama-taisha10s4s4440.jpg

和歌山県・紀伊半島にある熊野。
熊野三山とは、熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社の総称です。 2004年7月にはユネスコの世界遺産に「紀伊山地の霊場と参詣道」が登録されました。 古来は修行の場として、平安時代から鎌倉時代は上皇や法皇が厚く信仰し、参詣していました。 なぜ、人々は熊野三山に惹きつけられるのか?
今回は世界も認めた熊野三山の歴史と美しい景観とともに、魅力をご紹介します!

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熊野は3社で1つ!!

熊野という文字が初めて出現するのは、日本最古の歴史書・日本書記です。
神話では、日本で初めての夫婦神・伊邪那岐命と伊邪那美命が日本の国土やたくさんの神様を作ったころでした。 火の神様を産んだために亡くなってしまった伊邪那美命を「紀伊国の熊野の有馬村」に葬られたと書かれているのです。 また、初代天皇・神武天皇一行が日向(宮崎県)から東征し、大和(奈良県)を平定したと伝えられる「神武東征」の説話でも、熊野で道に迷った神武天皇の前に八咫烏(3つの足をもつ大きな鳥)が現れ、大和の橿原まで導いてくれたというのです。 熊野は古来から神話に深く関わりがある場所だったのですね。 では、それぞれの神様の主祭神をご紹介します。

熊野本宮大社・・・家都美御子大神(神道の神様・すさのおのみこととされている)
熊野速玉大社・・・熊野速玉大神(伊邪那岐神とされている)・熊野夫須美大神(伊邪那美神とされている)
熊野那智大社・・・熊野夫須美大神

そして、それぞれの神社には他2社の主祭神も一緒に祀られていて、3社が互いに勧請し合ってこの熊野の地を守ってきました。 元々、熊野の神様たちは自然物に宿っていると考えられ、崇められてきました。
熊野本宮大社は熊野川。
熊野速玉大社は神倉山のごとびき岩。
熊野那智大社は那智の滝。
鎮座した年代は不明ですが、太古から人々によって信仰を集めていたと考えられています。 そして、仏教が入ってくるようになると、「熊野権現」として日本全国に広まるようになりました。

「熊野権現」と「蟻の熊野詣で」

熊野権現の”権現”とは、神様が仏に姿を変えて、人間を助けるために現れるという意味です。 仏教が伝来し、古来の神様と仏とを一緒に祀って崇める「神仏習合」が行われるようになりました。 そこで、熊野の神様は「熊野権現(熊野三所権現)」と言われるようになり、仏様や菩薩様と同一だと考えられました。
家都美御子神は阿弥陀如来(来世での往生を約束してくれる)。
熊野速玉大神は薬師如来(病気や苦しみから守ってくれる)。
熊野夫須美大神は千手観音(現世でご加護を約束してくれる)。
ですから、熊野自体が浄土の地であり、熊野三山に参詣すればこの世の苦しみから救ってくれ、来世の極楽も約束してくれる素晴らしい場所だと信仰されるようになったのです。 このことから、皇室の尊崇を集め、「熊野御幸」が行われるようになりました。
熊野を初めて詣でたのは宇多上皇でした。
それから花山法皇が2回、白河上皇が9回、鳥羽上皇が21回、後白河上皇が34回、後鳥羽上皇が28回、後嵯峨上皇が3回と、たくさんの法皇や上皇が詣でられたのです。
次第に、庶民にもその信仰が広がり、まるで蟻の行列のように見えたことから「蟻の熊野詣で」と言われるくらい、一大ブームとなりました。

また、熊野は修験道の修行場でした。
修験道は山岳信仰(山に神様が宿ると考えられていた信仰)と密教(真言宗・天台宗)信仰が結びついた信仰です。修験者たちは険しい熊野の山に入り、苦しい修行に耐え、人々を救済したと言われています。

熊野は本当にたくさんの人々から愛され、崇められる場所だったんですね。

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3社にある熊野牛王宝印は魔除けのお守り!

熊野牛王宝印はそれぞれ少しデザインは違うものの、烏文字で描かれた熊野三山だけの特別な神符です。 病気平癒や災難除け、玄関に祀れば盗難除け、ガスの元栓に祀れば火災除けetcさまざまな魔から守ってくれるお守りなのです。 その信仰は絶大で、鎌倉時代からは武将たちが忠誠心を誓うための「誓約書」として用いられました。 また、江戸時代には庶民たちが「起請文」の代わりに使っていたと言われています。 熊野本宮大社の言い伝えでは、「熊野権現への誓いを破ると、神の使いである烏が一羽亡くなり、本人も血を吐き地獄に堕ちる」と信じられてきたからだといいます。

そんな霊験あらかたなご神符は3社のどの神社にもありますので、ぜひ授けられてはいかがでしょうか。

サッカーをする人、応援する人必見!「サッカー守」にはやた烏のパワー全開!

熊野牛王法印と同じく、3社には「サッカー守」があります。(熊野那智大社は「勝守」) その名の通り、サッカーをする人、応援する人のためのお守りです。 お守りには八咫烏が描かれていて、「ボールをゴールまで導いてくれる」と言われています。 八咫烏は日本サッカー協会のシンボルマークにもなっていて、現在でも日本代表選手たちが必勝祈願に訪れるといいます。 シンボルマークの由来は明治時代、和歌山県那智勝浦町出身の中村覚之助が日本で初めてサッカーを紹介し、広めたことがあげられます。 彼の功績から、日本サッカー協会はやた烏をシンボルマークに用いたと言われています。

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世にも珍しい黒いポスト!?

熊野本宮大社の社務所前には、八咫烏の黒いポストが設置されています。
黒は八咫烏の色でもあり、すべての色が合わさった色や本宮の大地を象徴する色でもあるのです。
そして、葉書として使える「八咫烏ポスト絵馬」が社務所で販売されています。
聖地から手紙が出せるなんて、うれしいですよね。

そして、社務所では「出発の地より心をこめて 熊野本宮」と書かれたスタンプを押印してくれるので、やた烏ポストから手紙を出す時には声をかけてみてくださいね。

いかがでしたか?
熊野三山の歴史は古く、多くの人々から信仰を集めている由緒ある神社です。
1社のみならず、時間に余裕をみつけて3社参ってみたいものですね。
きっと、熊野の神様ははるばる参ってくれた皆さんを温かく迎えてくれることでしょう。

■所在地
○熊野本宮大社
〒647‐1731
和歌山県田辺市本宮町本宮1110

○熊野速玉大社
〒647‐0003
和歌山県新宮市新宮1番地

○熊野那智大社
〒649‐5301
和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山1

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