落語

芸歴65周年を迎えた落語家・桂歌丸が人を惹きつけてやまない理由とは

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長年大人気を誇っているテレビ番組「笑点」の司会を務め、2016年に惜しまれながらその座から去った落語家・桂歌丸さん。彼は「笑点」の名司会者としての一面で有名ですが、もちろんれっきとした落語家でもあり、2016年に芸歴65周年を迎えています。今回は、そんな落語界の重鎮・桂歌丸さんの今までの軌跡や人柄、魅力について紹介していきたいと思います。

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1936年8月、横浜にて誕生

1936年8月、横浜で産声を上げた桂歌丸さん。本名を椎名巌(しいないわお)さんと言い、生家となったのは横浜の妓楼である「富士楼」だったそうです。戦時中は疎開先である千葉から横浜が空襲している様子をただ見ていた桂歌丸さん、この空襲で生家もなくしてしまいまったそうです。しかし戦後おばあさまによってすぐに「富士楼」が再開すると、食料に困ることもなく、当時は貴重であったラジオで落語を聞いていたそうです。この時聞いていた落語がきっかけとなったという歌丸さん、小学4年生の時にはすでに落語家になろうと決めていたとされています。

中学に上がると、五代目春風亭柳昇さんの落語を聞いて落語家になる決意を固めると、1951年の中学3年生の時、五代目古今亭今輔さんに弟子入りすることになります。ここで「古今亭今児」を名乗ることとなり、続く1954年には二つ目に昇進を果たしましたが、1961年に兄弟子の四代目桂米丸さんの門下へと弟子入りします。これには当時の序列問題など、さまざまなトラブルが発端となったのですが、これにより歌丸さんは一時破門状態となり、化粧品会社のセールスマンとして働くようになったそうです。しかし三遊亭扇馬の肝いりによって落語界に復帰すると、今度は兄弟子の門下として一層芸を磨くようになりました。

その後一時は「桂米坊」を名乗りますが、1964年に「桂歌丸」に改名し、その後ずっとこの名で通っていくこととなります。1968年には真打へと昇進すると、1975年ごろから演目を当初行っていた新作だけでなく古典落語にシフトチェンジすることになります。1979年には「落語芸術協会」の理事に四代目三遊亭小圓遊さんとともに就任、1999年には副会長に就任すると、2004年には五代目会長の任に就き、落語界のトップへと躍り出るようになりました。

桂歌丸さんと笑点

桂歌丸さんといえば「笑点の司会」という方も多いのではないでしょうか。実際に、焦点の名物司会として活躍されていた桂歌丸さんでしたが、2016年、「体力の限界」を理由に焦点を引退することを明らかにしています。これにより、「笑点」初の終身名誉司会に就任することになりました。

そんな桂歌丸さんと「笑点」の関係が始まったのは、「笑点」の前身番組でもある「金曜夜席」からです。1965年にスタートした「金曜夜席」の第1回から出演していた桂歌丸さん。1966年に今の「笑点」の放送が開始されると、そちらでも「大喜利メンバー」のひとりとしてレギュラー出演されるようになります。1969年の4~11月に降板していたときのほかは、病気で休演することもありましたが、体調が悪い中出演を果たしたこともありました。

それが、1973年の公開録画の時です。桂歌丸さんは、看護師同伴のもと体調がすぐれない中収録を果たしています。この回は歴代最高視聴率である40.5パーセントをマークするほど話題となったほか、今でも「笑点」の場でネタとして披露される出来事となりました。

2006年から2016年にいたるまでは、「笑点」の司会も務めた桂歌丸さん。ほかの大喜利メンバーとの罵倒しあうシーンも名物でしたが、今はもう見ることができないと思うと寂しい気もしますね。

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桂歌丸さん関連のネタをご紹介

落語芸術協会5代目会長として、落語界のトップに君臨している桂歌丸さん。その知名度もさることながら、落語家としての活躍もすさまじく、近年では特に古典落語に力を入れて取り組まれています。江戸落語に分類はされど、自身が横浜生まれということで、江戸言葉を使わない落語で有名な桂歌丸さん。そんな彼をモチーフにした「笑点」の大喜利メンバーのネタをいくつか紹介していきましょう。

楽太郎「お前な、熱いヤカンをじかにテーブルにのせたら、漆が剥げるだろう!」
歌丸「ごめんなさい。」
楽太郎「剥げてからじゃ遅いんだ!」
楽太郎 ほうきとちりとりで「こんなもんかな・・・?」
歌丸「キレイになったね?」
楽太郎「歌丸の骨、焼きあがりました」
楽太郎 「あーあ、短い一生だったな。」
歌丸 「どうしたの?」
楽太郎 「俺は吸殻、あんた亡骸。」

一見ひどい言い様にも見える、楽太郎こと六代目三遊亭圓楽さんとの掛け合いですが、これには歌丸さんの優しい人柄が関係しています。
実は、新人時代にネタに悩んでいた六代目三遊亭圓楽さんに、ネタは自分のことを使って良いと歌丸さんが言ったことがきっかけとなっていたのです。二人はもちろん仲が悪いわけではなく、「笑点」以外での共演も多く実現されています。

桂歌丸師匠の今後に期待

いかがでしたか?桂歌丸さんは、「笑点」司会は引退されたものの、まだまだ落語界の今後のために必要な立役者でもあります。今後の桂歌丸さんの活躍にも期待したいですね。ぜひ参考にしてください。

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