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北海道神宮は金運、恋愛なんでもござれのパワースポット!

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北海道札幌市にある北海道神宮は、北海道の一之宮とされ、格式高い神社として名前が知られています。
明治当初に創建された神社で歴史は新しいほうですが、考えに考えぬかれ建てられた神社なのです。 そのパワーはあらゆる古社に匹敵するといわれています。
近年ではそのパワーを求め、北海道民のみならず道外から訪れる方も多く、ますます人気に拍車がかかっています。 そこで今回は北海道神宮の魅力についてご紹介します!!

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歴史が浅くともそのパワーは絶大!

北海道神宮のご祭神は『開拓三神』とよばれる大国魂神(北海道の国土の神様)・大那牟遅神(国土経営・開拓の神様)・少彦名神(国土経営・医薬と酒造の神様)と、明治天皇(近代日本の礎を築いた天皇)の4柱です。

創建は明治4年(1871年)で、そのときはまだ『札幌神社』という社名でした。 それまで北海道は『蝦夷地』と呼ばれていて、明治2年(1869年)に『北海道』と名付けられました。 明治天皇の詔(天皇のお言葉)により、東京で『北海道鎮座神祭』を行いました。 そして、北海道開拓と発展の守護神として大国魂神・大那牟遅神・少彦名神の開拓三神を奉遷したのです。 開拓使の一行により、ご神体は船で運ばれ、品川から函館に到着しました。 しかし、函館は北海道の南端にあるため、より中央で祀るために札幌へと移されたのです。 明治3年(1870年)5月に仮社殿が建てられましたが、三方を山に囲まれ一方は平野に開けている現在の円山の地に社殿を造営することが決められました。

ちなみに、北海道神宮は風水で見ると、南東の藻岩山から南下してくる龍と、北西の小樽から南下してくる龍が混ざり合っている場所だといわれています。そして、龍のパワーは札幌へと流れていっていると伝えられています。 鎮座地を風水にならって決めたのは、開拓にあたっていた開拓判官の島義勇という人ではないかと伝えられています。 また、札幌内が京都のように碁盤の目になっているのも、風水の影響ではないといわれています。

それから、明治4年6月に社殿が建てられ、『札幌神社』と名付けられました。 以後、開拓民たちの心のよりどころとなり、神社も人々により支えられてきました。 昭和39年(1964年)には、近代日本の礎を築いた天皇として明治天皇が増祀され、社名も『北海道神宮』へ改められました。

歴史が浅い神社ですが、明治天皇や島義勇により創建された大きな大きな神社なのです。

パワーが一段と強い『開拓神社』をお参りしよう!

北海道神宮は風水でみると、大きなパワーがあると先述しました。 実は、2つの龍脈の合流点に鎮座しているのが、摂社の『開拓神社』です。

開拓神社は昭和13年、北海道開拓70年にあたり、北海道庁長官の石黒英彦が開拓功労者を祀ったのがはじまりです。 現在、37柱が祀られており、開拓の歴史や精神を今に伝えています。

また、開拓神社には祈願札(初穂料300円)があります。 年に一度行われる例祭、その前夜祭にあたる宵宮祭の前に祈願札の焼納をしていて、祈願札には『御礼(神恩感謝)』『恋愛成就』『心願成就』『受験合格』『家内安全』『商売繁盛』『厄除開運』『身体健康』『病気平癒』の9種類あります。 願いを叶えたい祈願札に自分の名前と年齢を記入し、開拓神社の納札所に納めます。 もちろん、家族や友達の分を代わりにしてあげることも可能です。

みなさんもパワーの強い開拓神社で願いを託してみませんか?

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金運アップのご利益がある鳥居とは?!

北海道神宮には複数の鳥居があります。 特に第三鳥居は、遠回りをしてもぜひくぐっておきたいところです。

第三鳥居は円山公園側にあり、風水の『預』という方角にあり、”預金が貯まる”といわれています。 ですから、金運UPをしたい方はぜひこちらから通ってお参りください。

また、北海道神宮の大鳥居は北東を向いていて、ロシアに対する守りの鳥居といわれています。
参拝の際には、各鳥居にも注目してみてはいかがでしょうか。

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頓宮で恋愛成就!

北海道神宮は風水で見てもとってもすばらしいパワーがある神社で、どの運気もあげてくれることでしょう。
そして、北海道神宮の頓宮はとくに恋愛にご利益がある神社として大変有名です! 頓宮とは、御輿渡御のときに一時的に御輿を休ませる場所という意味があります。 毎年6月にある例大祭で駐輦祭が執り行われます。 北海道神宮の頓宮は冬季の積雪のために、参拝が困難なときの遙拝所として設置された神社です。

そして、「境内の狛犬にふれるとご利益がある!」という言い伝えがあります。 鳥居を通ってすぐにある一対の狛犬に触れると、『恋愛成就』にご利益があるといわれています。 そして、本殿の手前にも一対の狛犬があり、向かって左の狛犬は子どもを抱えている母狛犬で、右が父狛犬になっています。こちらは両方に触れると、『子宝』にご利益があるのです。

また、頓宮だけの『恋愛成就守』(初穂料500円)もあります!
一対の狛犬が描かれたかわいいお守りです。 色は白・ピンク・黄色があるので、友達とおそろいで持つのもいいかもしれませんね。

ぜひ、頓宮もお参りしてくださいね!

○頓宮の所在地
札幌市中央区南二条東3丁目

穂多木神社で金運をUPさせよう!

北海道神宮の摂社にはもうひとつ、すばらしいご利益がある神社があります!
その神社の名前は『穂多木神社』です。
元々、この神社は北海道拓殖銀行本店の屋上に鎮座していました。

昭和13年(1938年)に、『同行の守護神』として、北海道拓殖銀行に長年勤務功労のあった物故役職員の御霊を祀りました。 北海道拓殖銀行は明治33年(1900年)に、北海道の拓殖事業に資本を供給する特殊な銀行として設立されました。 昭和25年(1950年)に普通銀行へ転換すると同時に、穂多木神社も北海道神宮の境内に遷座したのです。

北海道拓殖銀行の守護神として崇められていたため、『金運UP』にご利益があるといわれています。 しかも、狛犬はブロンズでつくられていて、銀行の守護神であることがうなずけます。 ぜひ、金運をUPさせたい方は第三鳥居を通って、穂多木神社にもお参りしてみてくださいね!

いかがでしたか。
北海道神宮は、伊勢の神宮や出雲大社に匹敵するほどのパワーがあるといわれています。 また、花見の名所でも知られていて、たくさんの人々がつめかけます。 冬には銀世界に広がる境内も見物です。 開拓者たちのよりどころとなり、現在も北海道民に愛される神社なのです。
ぜひ、北海道へ行った際にはお参りしてくださいね!

■所在地
〒064ー8505
北海道札幌市中央区宮ヶ丘474

自然豊かな北海道神宮で散策しながら運気もアップ

北海道神宮は昭和に入って明治天皇を増祀するまでは、札幌神社という開拓三神を祀る神社でした。札幌神社は明治に入り蝦夷地を北海道に改称して、開拓を進めていく上で「開拓民たちの心の拠り所」となるように、明治天皇の勅命で作られた神社です。同時に、その頃は箱館(現在の函館)にあった北海道の行政拠点を、さらに内陸にある札幌へ移すことも決まり、大規模な都市開発も行われることになります。言い換えると、当時の札幌にはまだ何もない荒野が広がっていたということに他なりません。港があり交通の便が良かったため発展した箱館でしたが、北海道の南端に位置しているため、全土を掌握するためにはより中心部へ拠点を移す必要があったのです。

函館に到着した大国魂神・大那牟遅神(大国主命の別名)・少彦名神の三神(3枚の御神鏡)は、北海道開拓使長官の名代となった島義勇に託され、札幌の地へと運ばれます。水路が確保されていた函館と違い、当時の札幌は一面の荒野。もちろん未開拓の北海道は札幌までの道もなく、馬でさえ歩くことのできない大地が広がっていました。その未開の地を島の一行は御霊代を背負い、徒歩で札幌まで向かったのです。現在では想像もできない困難が待ち受けていたことも想像に難くありません。実際、9月ごろに函館を出発し、札幌の大地を踏んだのはすでに12月に入る頃でした。

札幌へ到着した島義勇は早速基盤となる札幌のまちづくりに着手します。大通りを中心とした都市計画は、現在の札幌の基盤とも言える構造ですが、島の構想は壮大で常に資金不足との戦いでした。結局、資金を使いすぎることが仇となり、島は判官を罷免されることになります。「いつか世界一の都になる」と漢詩で詠んだとおり、どの街にも負けない実に壮大な都市計画だったようです。たった3ヶ月で任を解かれた島は、その後秋田県権令などを経たあと、佐賀の役の首謀者として処刑されてしまいます。彼の従者を務めていた福玉仙吉は、島義勇の死を悼み彼の離任後にできた札幌神社の参道へ、桜の木を植えました。花見の名所として有名な神宮の桜並木の由縁です。
島の解任後に判官に就任した岩村通俊は、彼の残した壮大な都市計画を引き継ぎ、同時に札幌神社の造営にも着手します。事前に島が選んでいた、三方を山に囲まれ一方が平野にひらけた円山の地に、その意向を汲み1871年に社殿を造営。無事に仮社殿から御霊代を遷座し、ここに札幌神社が誕生します。一度は判官を罷免される岩村ですが、のちに北海道庁長官となり北海道の発展に力を注ぎました。札幌神社を祀り札幌の街を作った2人ですが、その後の人生は対照的な2人です。

緑に包まれる神宮造営の功労者・島義勇像

初代の判官を務めた島義勇は、佐賀の役の首謀者として政府の逆賊になってしまいますが、のちに大赦され開拓功労者として札幌神宮に祀られています。手水舎をこえて本殿へ向かう神門の手前、左手にある直心亭の向かって右手あたりに、島義勇の銅像が建っています。島が函館からようやく札幌の地へ到着したときの姿を再現したもので、右手に尺を持ち左手を広げています。もしかしたら円山の上から札幌を見渡し、かの有名な漢詩を詠んだときの姿なのかもしれません。島の銅像は取り囲むように木々が立ち並び、夏には緑に秋には黄葉に包まれます。北海道の大地が島を温かく迎えているようにも見える立像です。

島義勇は文政5年徳川家斉の時代に、佐賀藩の藩士の家に生まれます。家督を継ぎ仕えていた藩主・鍋島直正から、箱館奉行・堀利煕の下で働くよう命じられ、蝦夷地と樺太を探検した記録「入北記」を残しています。明治維新後に藩主の直正が蝦夷開拓督務を任じられると、先の経験を買われて蝦夷開拓御用掛・開拓使判官に任命されました。島は京都や郷里の佐賀を念頭に、碁盤の目のように整備された札幌を目指しますが、その費用についてしばしば長官と衝突し、結局3ヶ月で任を解かれてしまいます。

その後、秋田県の初代権令(知事)に就任し、3ヶ月ほど任務を遂行した後退官します。郷里に戻った彼は、憂国党の党首に担がれ佐賀の役を起こしますが、乱は鎮圧され島は鹿児島まで逃亡し大久保利通らに助命嘆願しますが、最終的に処刑されてしまいます。明治22年に憲法発布の際の大赦令で大赦になり、北海道開拓と神宮創祀の功績をたたえ、現在も顕彰銅像や顕彰碑が飾られています。佐賀の産んだ七賢人の1人として、大久保利通や副島種臣らとともに肩を並べています。良いと思ったことに対して、妥協を許さない真摯な姿勢が見え、熱い人物だったことが垣間見えてくる人生です。

円山公園に隣接するアクセスに便利な北海道神宮

北海道神宮の全身・札幌神社ができた頃は、まだまだ開発途中の札幌でしたが、現在の札幌は横浜や名古屋と肩を並べる大都市に成長しました。神宮は札幌市内の外れ、原生林の残る円山公園に隣接しています。円山の名前は島が手本にした京都に習って、後任の岩村通俊が名付けました。円山公園は当初札幌官園の1つとして利用され、樹木の試験や育成を担う養樹園でした。現在も残っているスギ林は、当時の試験場の名残として全国でも貴重な樹林です。養樹園が旭川へ移転すると間も無く、跡地を公園として整備する案が浮上します。御料地となっていた土地を札幌市が借り受け、和洋折衷で運動場を取り入れた公園が誕生しました。

現在は陸上競技場・テニスコート・野球場などが整備されたスポーツ公園の側面も持ちますが、古くから開発された園内には原生林を始め樹木が豊富にあることも円山公園の特徴です。桜を始め四季折々の花や紅葉を楽しませてくれ、花見や神宮の祭典など市民の憩いの場として利用されています。円山山頂までの登山道もあり、天然記念物に指定されている円山原始林の散策は、森林浴とトレッキングを兼ねた散歩道として人気です。
当時は市内から神宮までは遠く不便であったため、札幌市街地に遥拝所として北海道神宮頓宮が作られます。神宮まで足を運ばずとも参拝できる場所として作られましたが、徐々に札幌市内が整備され昭和22年に北海道神宮の末社となります。現在は地下鉄も開通し、神宮までは地下鉄の最寄駅からは徒歩15分、バスの停留所からは徒歩1分とアクセスしやすくなりました。

エゾリスも顔を見せる自然が豊かな境内

隣接する円山公園は豊富な森林資源があり、鳥や小動物を多く生息しています。神宮の境内でも人の多い本殿周辺ではなかなか難しいですが、少し山道を離れた開拓神社のあたりなどでは、エゾリスやシマリスの姿を見かけることもあります。

境内には野鳥も多くマヒワやクマゲラなどが生息しています。境内の看板には「一年を通じて観察される野鳥は80種」とありますから、バードウォッチングには最適のスポット。カメラを片手に境内を訪れる人も見かけられます。毎月第2日曜の午前9時から、日本野鳥の会札幌支部が主催する定例探鳥会も行われています。約3時間の散歩の間に、15種類くらいの野鳥を観察できるそうです。それぞれの季節ごとに出会える野鳥の種類も違うので、四季を通じて定期的に参加すると全ての野鳥に出会えるかもしれません。探鳥会に参加する人の中には、野鳥以外に昆虫や花の専門家もいることがあるので、いろいろな情報交換の場にもなっているそうです。大都市の中でこれほど多くの野鳥を観察できる場所は全国でも珍しく、道内の人だけでなく遠路はるばる定期的に参加する人も少なくないとのこと。全国でも有数のバードウォッチングスポットになっています。

愛らしいシマリスやエゾリスの姿は、訪れる参拝客の目を楽しませてくれます。シマリスは背中から尻尾にかけて色の濃い体毛で描かれた縞模様が特徴。エゾリスは大きな耳に冬の間だけ長い冬毛が伸びるのが特徴です。隣の円山公園でもよく見かけられるリス達ですが、境内でも開拓神社方向の林の中でサッと走り去る姿を見かけることがあります。運が良ければ目の前の木まで走り降りてくることもあるとか。急に現れても慌てる必要はなく、じっとしていればリスもしばらくその場に佇んでくれるようです。カメラで写真を撮るのもいいですが、動画機能を利用して彼らのコミカルな動作を撮影することをおすすめします。

自然のエネルギーと神宮のパワーを得られる場所

北海道神宮は隣接する円山公園と合わせて、豊富な自然のエネルギーにも満ちています。神宮の持つパワーと相まって、訪れる人に癒しを与えるだけでなく、運気もより一層高まりそうな場所です。自然と神宮のダブルパワーで願い事も叶いそうです。いろいろなことで落ち込み気味のときには、散策も兼ねてお出かけしてみてはいかがでしょう。運気も上がって何より心から癒されることも期待できます。

北海道で一番人気!花見や初詣でにぎわう北海道神宮

北海道神宮は「開拓民たちの心のよりどころ」として、明治天皇が詔を発し「開拓三神」の大国魂神・大那牟遅神・少彦名神を祀った札幌神社が始まりです。当時はまだ開拓も進んでいない酷寒の荒野だった札幌に、函館から北海道行政の拠点を移し、さらに内陸部への開拓を進めることが目的でした。しかし現在のように暖房設備も整っていない状況下での開拓は困難を極め、郷里から遠く離れて移住してきた開拓民たちを慰めるためにも、神社の造営は必要だったのです。彼らの苦労が身を結び、現在では横浜や大阪・名古屋に次ぐ大都市にまで発展し、多くの観光客も訪れる日本有数の都市へと成長しました。

大国魂神・大那牟遅神・少彦名神の開拓三神を祀る札幌神社は、1964年に明治天皇を御増祀して北海道神宮に改称します。荒野にポツンと立っていた札幌神社も、現在では北海道で一番多く参拝客が訪れる、北海道の一宮として人々から親しまれています。では北海道神宮がどんなところなのか、見どころを探ってみましょう。

北海道神宮を訪れるなら外せない開拓神社

北海道神宮の末社である開拓神社は、北海道開拓70年にあたる1938年に鎮座しました。札幌神社の造営と札幌市の都市計画の基礎をなした島義勇をはじめ、北海道の開拓に貢献した37人をご祭神とし祀っています。恋愛成就や受験合格など9種類の祈願札を頒布していますが、最もご利益があると言われるのが仕事運と金運のアップ。若い人たちを中心に今人気のスポットです。37柱の御祭神が見守ってくれるのですから、その効果は絶大なものがありあそうですね。昭和に入ってからの社殿の大改修や、鳥居・拝殿の造営など、威風堂々とした開拓神社の姿は、必見の価値があります。

開拓神社では2年ごとに日本でも屈指の大きさを誇る4.5トンの大神輿が札幌市内中心街を渡御します。1000人で担ぎ上げる大神輿を始め、女性だけの女神輿など幾つかの神輿も加わって、市民が熱狂する札幌の風物詩です。朝10時頃に北海道神宮を出発し、午後は2時間かけて市内を渡御し、再び夕方5時頃に神宮へと帰っていきます。次に開催されるのは2018年。夏に北海道へ旅行を計画する時は、ぜひこの神輿に日程を合わせてみたはいかがですか。

名物の焼き餅菓子「判官さま」は六花亭神宮茶屋店のみ

境内にある茶屋は神宮を訪れるなら、必ず立ち寄りたいスポットの1つです。北海道のお菓子の定番とも言える六花亭が運営する時宮茶屋店では、ここでしか味わえない焼き餅菓子「判官さま」を食べられます。外はパリパリ中はやわらかな焼き餅は、入っているそば粉が香ばしさを加え、ふんわりと炊き上げたつぶあんがたっぷり。その場で焼き上げているので出来上がりはほかほかです。寒い季節には温かい番茶、暑い夏にはさっぱりと冷たい麦茶が無料で用意されているのも嬉しいですね。三が日には現在でも無料で配られているそうです。

焼き餅の名前になっている判官さまは、北海道開拓の父と呼ばれる島義勇のこと。彼は札幌神社の開拓三神の御霊を背負い、函館から札幌まで実に3ヶ月近くかけて徒歩で移動しました。未開拓の北海道の大地は道路はもちろん、馬ですら歩けないほど一面の荒野が広がっている中、ただひたすら札幌の地を目指して進んだのです。函館に御霊が到着したのが9月ですから、3ヶ月後の札幌はすでに雪に覆われていたでしょう。その後紆余曲折あり、島本人は札幌神社の社殿を見ることはできませんでしたが、札幌の都市開発の礎を作りその後の北海道の開拓の基礎を開いた彼は、判官さまと呼ばれ親しまれています。

梅と桜を同時に愛でる北海道神宮の花見

春の訪れの遅い北海道では、梅と桜も同時に咲き誇ります。開花も4月下旬から5月上旬にかけて。開花と同時に見頃を迎えるので、ゴールデンウィークは多くの花見客で北海道各地の花の名所が賑わいます。北海道神宮の境内も桜と梅の両方を見られるスポットとして有名です。桜はソメイヨシノなどが1400本、梅は豊後梅など250本が植わっています。表参道の両脇と参道から開拓神社にかけて、そして開拓神社の向こう側と、広大な境内の半分近くで桜や梅を見ることができます。円山公園がすぐそばなので、境内の桜や梅を観賞した後は、公園で花見といったプランもいいですね。写真を撮るのが目的ならば、早朝に訪れるのは必須です。

北海道神宮の桜の由縁は、やはり判官さま島義勇にあります。初代開拓判官だった島は、判官を解任された後紆余曲折を経て1874年に佐賀の駅の首謀者として処刑されてしまいます。彼の死を悼み島の従者を務めていた福玉仙吉が、島がついに見ることの叶わなかった札幌神社の参道に150本の桜を植えたことが始まりです。今では10倍の1400本まで増えた桜は、訪れる人々に癒しを与えてくれます。一方の梅の起源は大正天皇の御即位の際に、北海道庁の有志が境内に献植したのが始まり。二の鳥居をくぐって左手の道を進むと2200ツボの梅林が見えてきます。桜色に紅梅・白梅に彩られ、神宮の境内が淡いピンク色に浮かび上がるこの季節は、神宮を訪れるおすすめの時期の1つです。

雪に覆われた真っ白の世界に佇む神宮

神宮を訪れるのにおすすめのもう1つの季節は冬。札幌は年間降雪量が約6メートルと、100万人以上が住んでいる大都市としては、世界でも類を見ないほどの降雪量です。これだけの雪が積もる大地を開墾した、当時の開拓者たちの苦労が偲ばれます。神宮もこの場所から発展していく札幌の街を見守っていたのですね。

純白に包まれた雪景色の中に、屋根に雪を頂いた社殿が立つ姿は、むしろ他のどの季節よりも凛として荘厳に感じられます。他に彩るものが何もなく、全てが削ぎ落とされた風景の中で、社殿が一層引き締まって見えるのは、この季節ならではの光景でしょう。参道を歩く足元では、一歩踏み出すごとにキシキシと雪がなり、静けさの中で響く唯一の音になります。その音に身も引きしまり、社殿を臨む頃には神聖な気持ちになっています。

境内に見られる雪吊りも北国ならではの風物詩。雪の重さで枝が折れないように、縄で枝を上から吊るした樹木も、銀世界の中の立役者です。初詣に訪れるのも悪くないですが、せっかくの雪景色の荘厳さも、人出の多さにちょっと薄れてしまいます。札幌の降雪がピークを迎える1月下旬から2月上旬ならば、参詣客も少なく雪景色を堪能できそうですね。寒いですが早起きをして、観光客の少ない時間に訪れると、より一層、神宮の神秘的な銀世界を楽しめます。

北海道神宮の授与品は梅酒と桜湯茶で決まり

神宮の授与品はやはり境内の桜と梅にちなんだ桜湯茶と梅酒が人気です。梅酒は北海道神宮で採れた梅を使って作られたありがたいもの。梅のさわやかな香りが広がり、はちみつの自然な甘さで、後味はさっぱりしています。お酒好きにはもちろん、それほど得意ではない人でもロックやソーダで割って、美味しくいただける梅酒です。お神酒の瓶子をかたどったボトルは神宮限定の梅酒。せっかく購入するのなら、ぜひ神宮で手に入れたいですね。
桜湯茶は境内の桜の花を塩漬けにし、北海道の日高地方名産の昆布と十勝地方の黒豆を炒ったものを添えた湯茶です。湯を注ぐと桜の香りと花びらがふわりと広がり、口の中では昆布のだしと桜の塩味がほんのりと味わえます。湯の中でゆらりと揺れる桜の花びらに、ちょっと上品な気分を味わえる贅沢なひととき。お土産物としても喜ばれそうな一品です。湯茶として飲むだけでなく、ご飯に混ぜるのもおすすめの召し上がり方。桜の花がほのかに彩るまぜご飯のおにぎりも、場を盛り上げてくれそうですね。

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