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世界遺産で国宝に文化財。お宝だらけの京都・上賀茂神社

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正式名称は「賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)」

上賀茂神社の呼び名が広く知られていますが、「賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)」が正式名称。御祭神は賀茂別雷大神で、厄除けや開運、雷除けや必勝などなどがご利益。雷が名前につくだけに、電気産業の守護という珍しいご利益もあります。

賀茂氏の娘である玉依姫が、川で禊をしている時に流れてきた丹塗りの矢を持ち帰り、床に祀って眠ったところ授かった子供が御祭神の賀茂別雷大神。大きくなって天津国へ帰ってしまった息子に会うために、神迎の儀式を執り行ったところ神山にご降臨されたと言い伝えられています。

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清水寺や天龍寺などと一緒に世界遺産に登録

上賀茂神社は「古都京都の文化財」として登録された世界遺産の1つです。京都にある17の国宝に指定された建造物や、特別名勝に指定された庭園などで構成され、上賀茂神社は本殿と権殿の2つを持つ神社として、1994年に日本で5番目の世界遺産として登録されました。

世界遺産は「顕著な普遍的価値」を持つ建造物や遺跡(文化遺産)と地形や生物多様性・景観美(自然遺産)、その両方を兼ね備えた複合遺産の3つに分類されています。上賀茂神社は文化遺産としての登録で、一緒に登録されたのは清水寺や天龍寺、比叡山を含む延暦寺など。歴史上の重要な時代のことを知る大切な史跡・文化として守られています。

2つ並んだ瓜二つの国宝・本殿と権殿

上賀茂神社の大きな特徴である本殿と権殿は、昭和28年に国宝に指定された建造物です。瓜二つの本殿と権殿は、もともと式年遷宮の際に本殿から御神体を、仮の本殿として権殿に移していたため、同じ場所に2つ並んであるそうです。

向かって右側に建っているのが本殿、左側が権殿ですが、2つ並んでいるため実はお賽銭箱のある位置の前は、本殿と権殿の間にあたり直接お参りすることができません。お参りするには受付で特別参拝の申し込みをし、お祓いを受けた後に内庭へ案内され、はじめて権殿と本殿の両方を後参拝できます。特別な催事があると休止することもあるので、事前に確認してからお出かけされるのをおすすめします。

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重要文化財の建造物はなんと34棟!

国の重要文化財に指定された建造物が多くあるのも、上賀茂神社の見所の1つ。境内をただ散策するのではなく、一つ一つの建物についてガイドブックや由緒書きを読みながら回るのも、おすすめの見学方法です。

一の鳥居をくぐると右手に見えるのが最初の重要文化財「外幣殿」です。現在は葵祭りなどの際に使われていますが、昔は上皇や法皇の行幸の際に使われていました。外幣殿と鳥居の間にあるしだれ桜は、見頃が4月下旬と少し遅めなので、花見客の遠のく頃にゆっくりと桜を観賞できるスポットです。

二の鳥居へ進む前に、右手の「楢の小川」を越えて奈良鳥居をくぐると、庁屋と呼ばれる「北神饌所」が見えてきます。百人一首にも読まれた楢の小川は、夏になるとホタルを観賞できる清流です。

神山をかたどった立砂と本殿の模型は見逃せない

さて、二の鳥居をくぐると正面に見えるのが加茂鴨神社のシンボルでもある「立砂」です。ご神体の神山をかたどった立砂は、神様を迎えるための原型とも言われています。その立砂の向こう側に立つのが「細殿」で、鳥居から細殿に向かって右手には、「楽屋」と「土屋(到着殿)」が見えています。細殿と土屋の間に川をまたいで建っている「舞殿」も重要文化財で、その特徴から橋殿とも呼ばれています。

細殿は天皇や斎王が参詣の前に、衣装を整える場所として使われていました。現在も結婚式などで利用されています。楽屋には本殿の模型の展示があり、普段は見ることのできない国宝の全容もここでは前から後ろからと、あらゆる方向から見ることができます。

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ハートの絵馬が可愛らしい片岡社で縁結び

細殿の後ろを流れる川を渡ると、縁結びでご利益のある「片山御子神社」と、家内安全がご利益の「須波神社」が現れます。片山御子神社は「片岡社」呼ばれ親しまれていますが、御祭神は賀茂別雷大神の母親「玉依姫」であることから、女性に人気のパワースポット。葵の葉をかたどった絵馬がハート形に見えるのも、縁結びの神様にふさわしく願いも成就しそうです。

須波神社は「座摩神(いかすりのかみ/ざましん)」と呼ばれる5柱の神を祀っており、家や敷地を守るご利益があるので、家を購入する際にはお参りすると良いかもしれません。

朱塗りが美しい楼門と玉橋は絶好の撮影スポット

いよいよ楼門をくぐるわけですが、その前にかかっている玉橋と片岡橋も重要文化財です。朱塗りが鮮やかな玉橋と楼門のツーショットは、カメラ好きなら必見の撮影スポット。人が入らないように撮るのは至難の技ですが、向かって左側からの角度がおすすめです。片岡橋は屋根のかかった橋で、片岡社に寄り添うようにして御物忌川にかかっています。

東西に続く回廊も含めて重要文化財の楼門をくぐると見える中門の脇の「棚尾神社」には、入り口を守る櫛石窓神(くしいわまとのかみ)が祀られています。中門の先には右手に美術や工芸などモノづくりの神様の建玉依比古命(たけたまよりひこのみこと)を祀った「土師尾神社」と、左に林業の神様の杉尾神を祀った「杉尾神社」が建っています。

せっかく来たなら本殿と権殿を参拝したい

土師尾神社と杉尾神社の間を進むと、ついに上賀茂神社の本殿と権殿に参拝です。特別拝観であれば中に入って、本殿と権殿をお参りできますが、通常はここまで。とは言ってもここまで重要文化財づくしの境内なので、それぞれの建造物を見学しているだけでも十分上賀茂神社を堪能できます。それぞれの建造物には「重要文化財」と表示があるので、ガイドブックがなくてもどれが文化財かはわかるようになっています。

それでも上賀茂神社まで来たなら、やはり本殿と権殿にもお参りしたいですね。楼門をくぐった左手にある授与所で特別参拝の申し込みを受け付けています。料金も500円なのでここは是非申し込むのをおすすめします。数ある重要文化財を堪能したら、最後は国宝の本殿と権殿を拝んで締めくくりましょう。

世界から参拝客がやってくる! 世界遺産・上賀茂神社は厄払いの代表的神社!!

上賀茂神社はJR京都駅や京阪の出町柳駅、三条駅からバスに乗って行ける、アクセスの便利がいい神社です。
ユネスコの世界遺産に登録されていて、世界中の人々が参拝にやってきます。 また、京都三大祭のひとつ『賀茂祭(通称 葵祭)』が有名です。
上賀茂神社は左京区にある下鴨神社に関連があり、2社セットでお参りする方が多いことはご存知でしょうか? なぜ、下鴨神社と関連があるのか?
そして、上賀茂神社はどうして厄払いの神様なのか?
今回は上賀茂神社の歴史をお見せしながら、人々を魅了する理由とは何かをご紹介したいと思います!

上賀茂神社は雷の神様!!

実は、『上賀茂神社』という社名は通称で、本来は『賀茂別雷神社』といいます。 その社名の通り、雷の神様を祀っているのです。 雷のご神威で厄を祓い、災難を除いてくれるといわれ、上賀茂神社は厄除けや落雷よけ、電気産業の守護神として信仰されています。 また、桓武天皇の御代に京都に都が遷されると、『皇城鎮守の神社』や『鬼門の守り神』として崇められるようになりました。方位を守護してくれることから、建築関係者の信仰も広まっています。

上賀茂神社のご祭神は賀茂別雷大神といい、下鴨神社のご祭神・玉依姫命の子供です。 創建の年代は不明ですが、社伝によると、神代の時代、北北西にある秀峰神山に賀茂別雷大神が降臨し、天武天皇の御代に現在の場所に社殿が造営されました。 そのため、『京都最古の神社』といわれています。 また、『山城国風土記』という文献によると、こんな伝説が残っています。

下鴨神社のご祭神である賀茂建角身命という神様は、はじめに大和の葛木山の峰に宿りましたが、山城国の岡田賀茂から木津川を下って鴨川を遡りました。 そして、現在の上賀茂神社がある場所で丹波の神伊可古夜日女と結婚して、玉依姫命を授かりました。 ある日、大きくなった玉依姫命が賀茂川で身を清めていると、上流から丹塗矢という赤い矢が流れてきました。 不思議に思った玉依姫命は矢を持ち帰り、床に置いて眠ったところ一夜で身ごもったのです。 生まれた男の子が成人し、神様たちを招いて宴を開いていると、賀茂建角身命が男の子に「お父さんは誰だ?」と聞きました。すると、「お父さんは天津神(天界に住む神)だよ」って言って天に昇って行ったのです。そのとき、丹塗矢が神様だったことを知ったのです。 なんとも不思議な伝説ですよね。

そして、上賀茂神社も下鴨神社も、山城盆地の北部に住んでいた賀茂氏の氏神として古くから祀られていたといわれています。 平安京へ遷都される際には、上賀茂神社と下鴨神社は皇城鎮守の神社になりました。そして、山城国の一の宮になり、伊勢神宮につぐ大宮として朝廷から尊崇がありました。

以来、都のみならず京都に住む人々のことも見守ってきました。 初詣には多くの方がつめかけ、現在も京都の人々に愛されている神社です。

神山をかたどった立砂で浄化しよう!

二ノ鳥居を通り、細殿の前には賀茂別雷大神が降臨した神山をかたどった立砂があります。 立砂は神様の依代(神様がよりつく対象物)です。 全国でもこの神社にしかない依代になっています。 立砂は神山をかたどっていますから、魔を祓うパワーがあるといわれています。 ぜひ、手を合わせてみてください。きっと浄化されて、パワーを養うことができることでしょう。
そして、鬼門や裏鬼門に砂をまいて清める習わしは、この立砂からきています。 上賀茂神社にも『清めの砂』(初穂料500円)を授与していただけるので、家の鬼門や裏鬼門にまいたり、不浄だと思う場所にまいてみましょう。

片岡社で縁結びをお願いしよう!

境内の摂社のひとつに『片岡社(片岡御子神社)』という神社があります。 片岡社のご祭神は賀茂別雷大神の母・玉依姫命です。

片岡社は上賀茂神社のお祭りの際、最初にお祭りを行うほど、とても重要な神社です。 そして、『縁結び』や『子宝』にご利益があり、たくさんの女性たちがお参りしています。 また、『源氏物語』の著者・紫式部も何度もお参りしていたのです。 紫式部は片岡社にちなんで、こんな和歌を残しています。

ほととぎす 声まつほどは 片岡の もりのしづくに 立ちやぬれまし
(古今和歌集 第三巻 夏歌)
「将来の結婚相手の声を待ちわびる間、片岡社の木の下に立っていると朝露に濡れてしまいました」

紫式部も縁結びをお願いしていたのがうかがえますよね。 紫式部の耳にも片岡社はご利益があるという噂が届いていたのでしょう。彼女が神頼みをするくらい片岡社のおかげで成就した人が多かったのかもしれません。 ちなみに、片岡社には源氏物語の挿絵が描かれた『縁結び絵馬』(初穂料500円)があります。
ぜひ、みなさんも玉依姫命にお願いしてみてはいかがでしょうか。

上賀茂神社だけの『八咫烏みくじ』と『お馬みくじ』を引いてみよう!

上賀茂神社にはこんなかわいらしい『八咫烏みくじ』(初穂料500円)(右)と『お馬みくじ』(初穂料500円)(左)があります!

八咫烏は、賀茂別雷大神の祖父にあたる賀茂建角身命の化身といわれていて、初代天皇・神武天皇が東征で道に迷っていたときに案内をしたといわれています。 そして、日本サッカー協会のシンボルにもなっていて、『導きの神様』として崇められています。

『八咫烏みくじ』の八咫烏のお腹には神紋の二葉葵、八咫烏の特徴である3本の足が描かれています。 参拝客の方々の将来をいい方向へ導く指針をおみくじに託しているので、ぜひいただいてみてください。

そして、もうひとつのおみくじ『お馬みくじ』は、おみくじを口にくわえた馬がかわいらしいですよね。 上賀茂神社では神様が出現するときに葵を飾り、馬を走らせて迎えたことからこのおみくじがあるのです。 また、上賀茂神社は『乗馬や競馬の発祥の地』ともいわれています。 神様からのお手紙をくわえていると思って、ぜひ引いてみくださいね。

いかがでしたか。
上賀茂神社は清めの砂の起源になっていたり、乗馬の起源になっていたりと、古来から崇拝されていたことがうかがえます。 そして都を守り、厄を祓い、縁を結び、人々が生活しやすいようにずっと見守ってきました。 きっとこれからも変わらぬ姿で、参拝者の方々を温かく見守ってくれることでしょう。 ぜひ、京都へ行った際にはお参りしてみてくださいね!

■所在地
〒603‐8047
京都市北区上賀茂本山339

上賀茂神社にまつわる不思議をめぐる散歩案内

国宝や重要文化財に指定された建造物が多くあり、「古都京都の文化遺産」の一部として世界遺産にも登録されている上賀茂神社。広い境内の大部分を占める庭園は、しだれ桜をはじめ四季折々の花で、訪れる人々を楽しませてくれます。

上賀茂神社の正式名称は「賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)」で、賀茂氏の氏神である賀茂別雷大神(かもわけいかづちのおおかみ)が祀られています。セットでお参りされる下鴨神社にも、「鴨」が入っていますがどちらも賀茂氏ゆかりの神社です。下鴨神社には賀茂別雷大神の母の玉依姫と祖父の賀茂建角身命が祀られています。元々は1つの神社で、奈良時代に下鴨神社が分社し、下上2つの神社になりました。

毎年行われる葵祭をはじめ、世界遺産の建造物や美しい庭園など、見どころも多い上賀茂神社ですが、世界最古の神社には未だ不明ななぞも多く残されています。上賀茂神社の参拝が済んだら、ちょっと視点を変えて上賀茂神社にまつわる不思議をたどって歩いてみましょう。

「かも」の字が違う下鴨神社と上賀茂神社

上賀茂神社を歩く前に、なぜ下鴨神社と上賀茂神社は「賀茂」と「鴨」を使い分けているのでしょう。神職の方に尋ねると下鴨神社は「賀茂御祖神社(かものみおやじんじゃ)」で上賀茂神社は「賀茂別雷神社」なので、実際はどちらも「賀茂」だそうです。通称が2つの文字を使い分けている理由は不明だとか。そういえば現在は「鴨川」に統一されていますが、以前は上流を「賀茂川」、高瀬川と合流した後を「鴨川」と使い分けていたことと関係があるのかもしれません。

下鴨神社が後からできたのですが、賀茂御祖神社の名前の通り、上賀茂神社の親社となっています。そのため両社を表すときには「賀茂下上二社」とするのが通例で、葵祭の勅使は必ず下鴨神社を先に参拝し、その後に上賀茂神社へ向かいました。京都では「下鴨神社の神様は嫉妬深いので、最後に参拝するべき」とも言われているそうなので、迷うところですがここは格式の順に従って下鴨神社から御参りする方が良さそうです。

大木が化石になった橋と言われる「樟橋(くすのきばし)」

葵祭のときに十二単の斎王代や女官たちが手を洗って身を清める「御手洗川」は、本殿の裏側から境内へと流れ込んでいます。下鴨神社にも同じ名前の川があり、元は鴨川から分かれた小川です。この御手洗川にかかっている樟橋は、大きな2枚の石版を渡した小さな橋ですが、よく見ると木目のような模様が入っています。じつはこの橋に使われている石板は、大昔の大木が化石になったものと言われており、渡ると長生きするという言い伝えのある、別名「長寿橋」とも呼ばれるありがたい橋なのです。化石になるほどの長い年月を生きられるという意味なのでしょうか。ぜひ渡っておきたい橋ですね。

たくさんある摂社・末社の向きが全部違う

結論から先に言うと、未だに理由はわからないそうです。
上賀茂神社には境内・境外を合わせて摂社が8つ、末社が16あります。そのうち境内には十五社がありますが、1つとして同じ向きのものがありません。普通は摂社・末社はまとめて同じ場所に同じ向きで並んでいることが多いのですが、上賀茂神社では場所も境内のあちらこちらに点在しています。京都最古の神社ですから、何か意味があって向きが違うと思われますが、未だ解明されていない謎だそうです。訪れたときには、その謎解きに挑戦してみてはいかがですか。

希少な野生種が自生する大田の沢のカキツバタ

上賀茂神社の摂社の太田神社は、賀茂氏が移ってくる以前から住人に祀られていたという伝説もあり、賀茂地区で最古の神社という説があります。そのことから長寿に対する信仰も厚く、春祭りでは「ちゃんぽん神楽」と呼ばれる、高齢者のみで囃し舞う里神楽が奉納されます。御祭神は天鈿女命(あめのうずめのみこと)で、寿命・縁結び・芸能上達がご利益です。

太田神社は参道の脇にある大田の沢に群生するカキツバタの自生地としても有名です。野生のカキツバタが自生する場所は少なく、希少な群生地として国の天然記念物に指定されています。

「神山(こうやま)や 大田の沢の かきつばた ふかきたのみは 色にみゆらむ」
と藤原俊成に詠まれた記録もあり、平安の頃から変わらぬ美しさを保っていると思うと、見ている風景も一層神々しく見えてきますね。

「大田の沢の水に触れると手が腐る」という言い伝えもありますが、これはおそらく住人たちがカキツバタを守るために、やたらに触れてはいけませんよという意味ではないでしょうか。それほど人々から愛されてきた証拠でもあります。

上賀茂神社の縁起を描いた能「賀茂」

能楽作品の「加茂」は上賀茂神社の演技を描いた作品です。古くは「矢立加茂」と呼ばれた作品で、播磨の国の神職が京都を訪れ、賀茂社をお参りするところから物語が始まります。神職が水を汲みに来た里女に白羽の矢の立てられた祭壇について尋ねると、里女は気品を漂わせながら社の縁起を語り始めます。詳しく語る里女に興味がわいた神職は、女に名前を尋ねますが神であることを明かして消えてしまいます。

すると末社の神が神職の前に現れ、再び縁起を語りながら舞い踊ります。やがて御祖神が現れ、美しい天女の舞を舞い始め、ついには別雷神も現れ雷雨を呼び起こし勇壮に神威を示します。最後は御祖神は糺ノ森へ、別雷神は空へと飛び去っていきます。

別雷神が主人公(して)であるからか、上賀茂神社の境内でこの能を演じると、雷が落ちるなどの災いが起きるため、上演が禁じられています。猛々しい賀茂別雷命が、能を演じるシテの演技を見て、「自分のがもっと力強いぞ」と雷を呼び起こしてしまうのでしょうか。上賀茂神社の境内では上演されませんが、かの豊臣秀吉も好んだという逸話も残っているほど、ポピュラーな能楽で、現在でも公演が行われています。機会があったら是非一度鑑賞してみたいですね。

全てがそっくりに建てられた本殿と権殿の狛犬

上賀茂神社は瓜二つに並ぶ本殿と権殿が有名ですが、見た目だけではなく調度品まで全てが同じ造りになっています。式年遷宮の際の仮の本殿として使われていたことから、権殿も本殿と同じでなければならなかったのでしょう。

本殿と権殿の扉脇の壁に描かれた、狩野派による狛犬の絵も同じに描かれています。この狛犬の絵には逸話が残されており、応仁の乱の頃に悪事を働き京都を混乱させた狛犬を、本殿と権殿の御扉に封じ込めたものだそうです。描かれた狛犬は本殿に鎮座する狛犬の影とも言われています。御扉に封じ込められた狛犬の念が強くて、隣の壁に影を落とすほどにじみ出てきたということなのでしょうか。それにしても不思議な逸話ですね。

上賀茂神社を舞台にしたミステリ2編

不思議ついでに上賀茂神社を舞台にしたミステリを2編ご紹介します。

1つ目は「神の時空ー貴船の沢鬼ー」高田崇史著です。京都で起きる般若による殺人事件を追った話で、宇治から始まり下鴨・上賀茂・鞍馬・貴船と京都の街を駆け巡ります。事件を解明しながら辿る、歴史の裏側に隠されたもう一つの物語もこの作品の見どころです。

2つ目は「京都禊ぎ神殺人物語―民俗学者 竹之内春彦の事件簿―」秋月達郎著です。上賀茂神社の禊ぎの川を皮切りに次々と起こる殺人事件。そこに隠された謎を紐解くにあたって、民俗学者の竹之内春彦が遭遇する真実とは。上賀茂神社の縁起にも出てきた、人神交婚伝説の裏に隠されたもう一つの物語がこの作品の肝になっています。

どちらの作品もガイドブックには載っていない、上賀茂神社にまつわる不思議について、様々な資料を用いて詳しく説明されています。日頃意識していない神社の本質については、学ぶものもある作品で、読んでから上賀茂神社を訪れると、また違った視点から参詣を楽しめると思います。

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