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関東の守護神・鹿島神宮へ行ってみよう!

2017-03-14

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茨城県鹿嶋市に鹿島神宮があります。
古来より皇室や武家の厚い信仰があり、現在でもたくさんの人々が訪れている古社です。
鹿島神宮は千葉県香取市にある香取神宮とともに、関東最大で最古の神社と伝えられています。 東国を開拓したといわれるご祭神のご神徳にあやかり、関東に住む人々から守護神として崇められています。 そこで今回は鹿島神宮の魅力をたっぷりとご紹介いたします!

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鹿島神宮のご祭神とは?

鹿島神宮のご祭神は武甕槌大神です。
武甕槌大神は日本神話の中で、日本の最高神・天照大御神から「葦原中国(地上の世界)を我が子に統治させたい」と命を受け、香取神宮のご祭神・経津主大神ととともに出雲に降り立ちました。
武甕槌大神は葦原中国を統治していた大国主命(出雲大社のご祭神)の元へ行き、「葦原中国を譲りたまえ」と迫りました。
しかし、大国主命は自分で答えを出さず、「息子たちに聞いてみます」というのです。 長男の事代主命は恐れをなして、「天照大御神の御子にお譲りしましょう」といって、海の中にある青柴垣へ隠れてしまいました。 そこで、次男の建御名方神が「私と力比べをしよう」と提案してきたのです。 武甕槌大神と建御名方神が組み合うと、武甕槌大神の腕は氷になり、剣になりました。
建御名方神がひるむと、そのすきに投げ飛ばしたのです。これが相撲の起源といわれています。 負けた建御名方神は長野県の諏訪へ逃げ、ここから一歩もでないことや葦原中国を譲ることを誓いました。 武甕槌大神は再度、大国主命に国譲りを迫ると、「わかりました。ただし、ひとつだけお願いがあります。天つ神の御子の御殿と同じような宮殿を造ってほしいのです」といいました。
この宮殿が出雲大社の起源といわれています。

そして、葦原中国が平定されると、武甕槌大神は経津主大神とともにまだ未開拓だった東国に入り、悪神を退治しました。それから鹿島の地を拠点とし、反乱や暴動を抑え開拓していったのです。

鹿島神宮の歴史とは?

鹿島の地に留まった武甕槌大神は、古事記の「神武東征」で再び登場します。
初代天皇・神武天皇が兄とともに国土経営について話し合い、東に都を造ることを決意するお話です。
日向国(宮崎県)から東に向かい、熊野(和歌山県)へ着いたとき、悪神たちの毒気によって気を失ってしまいました。 武甕槌大神は「葦原中国を平定した自分の剣を使うといいかもしれない」と、高倉下命を通じて神剣を捧げました。 神武天皇はこれにより目を覚まし、無事に大和国に入って初代天皇に即位したのでした。
そして、即位の年に鹿島の地に武甕槌大神を祀ったのが、鹿島神宮のはじまりといわれています。 さらに、大化5年(649年)の天智天皇のときに、神宮が造営されました。 その後も歴代の天皇から勅使が訪れ、寄進が行われました。
平安時代の「延喜式神名帳」の中で、伊勢の神宮以外に「神宮」号をもつのは香取神宮と鹿島神宮だけでした。 伊勢の神宮とならぶほどの大きな神社であることは、古来より認識されていたのです。 さらに、常陸国一之宮として崇敬されている由緒ある神社なのです。

「大化の改新」で有名な中臣鎌足は鹿島神宮への信仰が篤かったと伝えられており、氏神として尊崇していました。 そして、鹿島神宮は「武運守護の神」として、源頼朝や徳川家康などの有名な武将たちから信仰されるようになりました。

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大ナマズの頭を押さえている!? 「要石」を見にいこう!

鹿島神宮を尊崇していた家康は、慶長10年(1605年)、関ヶ原戦勝のお礼に本殿を奉納しました。
さらに、元和5年(1619年)の本殿造営の際には、本殿を移築し、奥宮(武甕槌大神の荒御魂を祀る)の社殿にしました。 奥宮の左手には「要石」があります。これは武甕槌大神の磐座と伝えられている霊石で、実は地中深くまである巨岩だといわれています。 また、要石の下には大ナマズが棲んでおり、鹿島の地に大きな地震が来ないのは、この石が大ナマズの頭を押さえているという伝説があります。

要石があるあたりは厳かな雰囲気が漂い、背筋がしゃんと伸びます。
ぜひ、ご覧になってくださいね。

鹿島神宮の宝物に触れてみよう!

鹿島神宮には、武将たちが奉納した宝物がたくさんあります。
宝物館にはその宝物類が展示されています。 とくに見ていただきたいのが、茨城県唯一の国宝の直刀です。 これは武甕槌大神の佩刀「?霊剣」の2代目として伝わっています。 刀身は223.5cmもあり、国内最古にして最大の剣なのです。

なお、「?霊剣」の実物大のレプリカも展示されているので、実際に触っていただくこともできます。 国内最大といわれる神剣のすごさをぜひ、体感してみてください。

○宝物館 開館時間
9:00~16:00

○入館料
大人300円
中学生以下 100円(土日無料)

12年に一度だけ斎行! 「御船祭」へ行ってみよう!

鹿島神宮の行事の中で、一番有名で一番大切なのは「御船祭」です。
御船祭は午年の9月に行われ、12年に一度だけなのです。 なぜ午年かというと、まず十二支が一巡すること。そして、午は南を差し、時刻では正午を差しており、陽性が一番勢いがあるからなのです。 海上安全や豊漁祈願を願うお祭ですが、あらゆる邪気や不景気を祓うといわれ、「一陽来復」の願いも込められています。

お祭の見どころは、武甕槌大神の分霊を乗せた御神輿が約3000人の大行列と約120隻とともに各地を巡ったあと、海上で経津主大神と出会うところです。
国内最大級の水上鳥居といわれる一之鳥居を通る御神輿の姿は圧巻です。 御神輿や龍の頭が飾られた御座船は優美で鮮やかな姿です。 見ている人々を目を釘づけにし、武甕槌大神の勇ましい雰囲気を感じられます。

前回の御船祭は平成26年に行われ、次回はまだまだ先ですがぜひ、ご覧になってくださいね!

いかがでしたか。
鹿島神宮は古来より「関東開拓の神」として、また「武神」として信仰を集めてきました。 現在でも、勝負事や武道の神様として、スポーツ選手や武道に携わる人々が信仰しています。 きっとお参りすれば、力比べに勝った武甕槌大神の強さをいただけるのではないでしょうか。 ぜひ、参拝してくださいね!

■所在地
〒314-0031
茨城県鹿嶋市宮中2306ー1

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