世界遺産カンボジアの遺跡アンコール・ワットは実は日本とも縁が深い?

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アンコール 朝の繁栄を現在に伝える遺跡群

カンボジア北西部には9世紀後半にこの地を王都として発展したクメール人の遺跡があります。アンコール朝は何世紀にも渡り王の強大な権力を示すために、芸術性に富む寺院や都城が多数建設されました。この地で興ったクメール美術は東南アジア全域に大きな影響を及ぼしました。

これらの寺院「アンコールワットの遺跡群」として1992年にユネスコ文化遺産として登録されました。登録された文化財は、1117年にジャヤヴァルマン7世が都城として建設した「アンコール・トム」や女神デヴァター像が祀られている「バンテアス・スレイ」などがあり、前者は中心に仏教寺院バイヨンがあり、54基の四面仏像が並んでいます。後者はデヴァダー像のあまりの美しさからフランス作家アンドレ・マルローが盗もうとして逮捕されたエピソードも残されています。

アンコール遺跡最大の寺院、アンコール・ワット

荘厳な遺跡が立ち並ぶアンコール遺跡群の中でも最大の寺院はアンコール・ワットです。クメール語で「アンコール」は「街」、「ワット」は「寺院」を意味しており、12世紀前半にスーリヤヴァルマン2世が建設を開始し、完成までに約30年の歳月がかかりました。

アンコール・ワットは中央に立つ高さ65mの尖塔と周囲の4つの塔は、神々が住むとされる5つの頂をもつ須弥山を表しています。中心の本殿の尖塔は王とヴィシュヌ神が合体したヴィシュヌ・ラージャが祀られています。本殿は三重の回廊で囲まれており、最も外側の回廊にはスーリヤヴァルマン2世の行進、天女アプラサスや女神デヴァター、インドやヒンドゥーの各神話をかたどった精密な彫刻で埋め尽くされています。

その荘厳さから古くからカンボジアの象徴として、国民に親しまれており建造物であり、1993年に制定されたカンボジア国旗にはアンコール・ワットの祠堂が描かれています。カンボジアを訪れる際には外してはならない観光地でもあります。

アンコールワットには日本の侍の落書きがある!?

日本では江戸時代初期に当たる1632年、平戸藩士の森本一房はアンコール・ワットを訪れました。カンボジアのこの地へはるばる訪れた目的は両親を弔うためにインドにある祇園精舎(平家物語でおなじみですね)に参拝するためでしたが、アンコール・ワットが祇園精舎と誤認されて参拝されることになりました。勘違いだったとはいえ、江戸時代の武士がこの異国の寺院にお参りに行っていたという事実には驚かされます。

森本一房はアンコール・ワットの壁面に落書きを残しています。落書きの内容は「御堂を志し数千里の海上を渡り」「ここに仏四体を奉るものなり」といったものであり、当時の日本でもこの寺院の存在が知られていたことが伺えます。文化財に落書きされることが社会問題になることもありますが、約400年も前の落書きとなると歴史的史料となるのも面白いですね。

クメール・ルージュによって被害を受けたアンコール遺跡

1972年、カンボジア内戦でポル・ポト率いるクメール・ルージュによってアンコール・ワットは攻撃され、甚大な被害を受けました。多くの仏像が首を撥ねられ、破壊され敷石にされました。クメール・ルージュは共産主義勢力であり、宗教的なものは厳しく弾圧されたためこのアンコール・ワットもその標的にされたのです。

1979年、クメール・ルージュは政権を追われると、ポル・ポトらはアンコール・ワットに逃げ込み軍事的な拠点として利用されるようになります。彼らがこの遺跡に逃げ延びた理由として、周囲を掘と城壁に囲まれた堅牢な建造物であったため要塞としての役割を果たすことができるからです。
カンボジアとしても重要な文化遺産であるアンコール・ワットを重火器で攻撃することはためらわれたのも、クメール・ルージュが要塞として利用された理由のひとつになります。
まるで「人質」のような扱いを受けたのですね。
クメール・ルージュ占領時にもアンコール・ワットの破壊は行われ、特に仏像はさらに破壊を受けました。この内戦で受けた弾痕は現在は修復されつつはありますが、今も残されています。

アンコール・ワットの修復には日本人が携わった!?

内戦が収まりつつある1992年、「アンコールの遺跡群」はユネスコ世界遺産に登録されました。カンボジアの政治が安定してくるとともに、荒廃したアンコール・ワットは世界各国が協力をして修復が進められるようになりました。参道の石組みは日本の石工が現地カンボジアの技術者に修復の指導を行いました。

歴史ある文化財のため、現代工具をあえて用いず、昔ながらの工具を用いて修復されました。世界遺産に登録されてから20年以上経た現在でも保全修復が行われています。世界遺産は「人類全体にとって現代だけでなく将来世代にも共通した普遍的価値を持つ」文化財ですが、日本を中心として各国が協力して保全を進めているアンコール・ワットはその典型ともいえます。

アンコール・ワットは異国の建築物のように思えますが、その歴史を遡ると日本と縁が深いことがわかります。現在は周辺に残された地雷の撤去も進んでおり、多くの僧侶が祈りを捧げる寺院として、またカンボジアを代表する観光地として世界各地から観光客を呼び寄せています。

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