景勝地

優雅な花の名所・六義園

2017-06-02

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六義園は小石川後楽園とともに江戸の二大名園に数えられている庭園です。
小石川後楽園は正式名称は東京大学理学部付属植物園と言い、植物の教育と研究を行うのを目的とした東京大学の実習用の施設です。元々は徳川5代将軍綱吉の下屋敷でした。
そして六義園の庭園を造ったのは江戸時代、徳川5代将軍綱吉の信任が厚かった川越藩主で側用人の柳沢吉保です。元禄8年(1695年)、綱吉からこの土地4万6000坪(約15ha)を拝領した吉保は自身で設計、工事を指揮して7年余りの歳月をかけて庭園を完成させ、中国の漢詩集「毛詩」に出てくる「詩の六義」(風・賦・比・興・雅・頒)に基づいて六義園と命名したのです。また、これはのちに、「六義(むくさ)」という和歌の基調となったと古今和歌集の序文で紀貫之が記しています。

 完成は元禄15年(1720年)、回遊式築山泉水庭園で、池周囲の園路をめぐりながら移り変わる景色を楽しむという大名庭園です。将軍綱吉が58回もこの庭園を訪れたという記録は、この庭園が天下第一の名所であったことを示しています。

 後に、柳沢家は大和郡山に転封になりますが、この六義園は柳沢家の下屋敷としてそのまま使用されました。そして明治維新を迎え、15代将軍徳川慶喜の大政奉還によって徳川幕府は260年の幕を下ろすこととなり、柳沢吉保の造った六義園も7代保申が明治新政府に返上したのです。

 明治11年(1878年)に三菱の創始者である岩崎弥太郎の所有となりさらに隣接の土地を買い求め、総計12万坪(約40ha)の大邸地となりましたが、その後は邸宅部分を残して他に譲渡され、現在に至っています。昭和13年(1938年)に東京市に寄付され、一般公開されることになりましたが、これは六義園が完成してから200年以上たってのことでした。昭和28年(1953年)、国の特別名勝に指定されました。

 この庭園でもっとも美しい花と言えば、入り口に近い内庭大門をくぐったところにあるシダレザクラの大木です。大きく枝を広げたシダレザクラが数千条の花糸を垂れ下げて咲く光景は優雅の極みです。花盛りを迎えるのは4月の初めごろです。

 また、蓬莱島周辺で咲くツツジと、サツキも木々の新緑を背に赤や白の花が鮮やかに咲き、非常に印象深い景観となります。ツツジが咲くのは5月初め、サツキが咲くのは5月半ば過ぎごろです。なおカエデが紅葉する12月初めの眺めも評判高い眺望です。とくに山陰橋、つつじ茶屋付近の紅葉が見事です。

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 六義園の見どころとしては、「出汐湊」があります。これは大泉水の池畔の名称の一つです。非常に眺めが良い場所で、右手側に中の島を、左手側には蓬莱島が、そして対岸には吹上浜がみえます。

 「つつじ茶屋」は明治時代に岩崎氏の代のころ、つつじの古い木材を用いて建てられた四阿(あずまや)です。幸運にも戦災を免れ、現代にその希少な姿を伝えています。11月下旬頃には、紅葉したモミジに囲まれ、見事な景観となります。

 また、御休み処「吹上茶屋」ではゆっくりと抹茶と上生菓子のセットを味わうことができます。季節の花を型どった上生菓子はとても評判です。ここでは六義園オリジナルのおみやげも買うことができるので一度寄ってみる価値があります。

所在地:文京区本駒込6-16-3
開園:9~17時
休園日:年末年始
入園料:300円
連絡先:03-3941-2222

 この六義園と小石川後楽園と三角形を結ぶようにあるのが、根津神社です。六義園を訪れた観光客が一緒に見る名所となっています。

 小石川後楽園は、変化に富む花景色を見せ、2月半ば過ぎにカンザクラが咲くのを皮切りにオオシマザクラ、ソメイヨシノ、サトザクラなどが次々に咲くサクラがあります。

 西側には青木昆陽が進言して栽培した甘藷(サツマイモ)の試作跡とツツジ園が続きます。そしてさらに西へ行くと今一番の人気を集めるハンカチノキがあります。中国中部と西南部の高冷地にのみ自生する木で、第一級の保護植物になっている植物です。花は白い2枚の包み葉が白いハンカチを吊るしたような形です。4月下旬から5月上旬が盛りです。

 西南部には日本庭園があります。横に長く伸びる池があり、その近くで早春にはウメ、春にはカキツバタ、キショウブ、ツツジなど、初夏にはハナショウブが咲いて情緒のある眺めが展開します。

 この小石川後楽園の園内には樹木が1400種、木本性植物は約1500種あり、温室内では熱帯、亜熱帯植物が約1100種類栽培されています。まさに花の楽園です。

 根津神社は旧地の団子坂から宝永3年(1706年)に現在地に移転しました。江戸時代には根津権現社といい、明治の神仏分離後に根津神社と改められました。神社の縁起によるとヤマトタケルノミコトが建立し、文明年間(1469~87)に太田道灌が再興したと言われています。
新坂下から境内に入ると右手に池があり、正面に桜門が建ち、左手に本郷台の丘があります。この丘には一面にツツジが植えられていて「つつじが岡」と呼ばれています。ツツジは館林から移植したもので、現在約50品種、3000株ほどがあるといいます。

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