西洋画オディロン・ルドンの人生とは

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独創的なタッチと表現方法で数多くの作品を残した、フランス出身の画家がオディロン・ルドンです。
オディロン・ルドンは、幻想画家といわれており、彼の想像のなかで生まれている得体の知れない人物や空想が、はかなく美しく描かれています。
ルドンは孤独のなかで生き抜いてきたといわれている画家だけに、その人生自体にも絵画ファンは注目していうます。
ここでは、オルディロン・ルドンの人生についてを紹介していきましょう。

ルドンの誕生

ルドンは、ワインで世界中に知られている美しい月の都、ボルドーの生まれです。1840年にベルトラン・ルドンから名をもらい、ベルトラン・ジャン・ルドンと名付けられています。ルドンの人生は孤独であり、辛いものといわれていますが、生家自体はとても裕福な家庭であったことで知られています。

しかし、ルドンが生まれてからの2日後には、既に里子に出されていることから、親元を離れて少年期は過ごしたといわれています。11年間、親の元を離れていたことや、病弱であったことなど、この時の記憶や人生が大きくルドンの作品に活かされているといわれています。

里子に出されたという言い方だと良いように聞こえていますが、一説によると、母親に捨てられてしまったという見方もされており、孤独のなかで辛い少年期を送ったとして知られています。

少年期に見た幻想たち

ルドンの人生を語る上で、少年期を無視するわけにはいきません。ルドンは、母に捨てられており、母は兄を偏愛していたことが知られています。内向的であったといわれていますが、母に捨てられてしまったという辛さを克服するためには、現実から少しでも目を離すしか方法が無かったのです。

自分自身、何か幻想を作ってそれに寄り添うことしかできなかったルドンは、自らの闇に気付き始めていました。常に、一人で生き抜いてきてきたことからも、人と馴染めず、よりその事実に傷つき、どんどん内向的になっていったのです。

絵画を描き始めたのもこの頃からで、15歳の時にはジェロームのアトリエに入っています。ただし、その場所に馴染むことができず、やはり一人で飛び出してしまいます。誰にも教わることがなく、できず、ただただひたすら、自分の世界の中だけで絵画を描き続けていたという、そういった人生を青年期も送ってきているのです。

後のルドンは、自らの絵に登場する哀しい顔について、「あれは、幻想ではなく、子どもの頃の自分が本当に眼で見たものだ」ということをいっています。それほどに、闇が深く、そしてその記憶は一生忘れることの無いものであったことが分かります。

画家への道

父親は、ルドンに建築家になってほしいと思ったようで、エコール・デ・ボザールという名門へ試験を受けに行っています。しかしながら、ルドンはエコール・デ・ボザールの試験に不合格となってしまっており、結果的に弟が建築家として活躍することになりました。

ジャン=レオン・ジェロームを飛び出し、孤独のなかで絵画を描き続けたルドンですが、銅版画家ロドルフ・ブレダンという人物に出会います。

彼との出会いが、ルドンの人生の転機となっていきます。銅版画家ロドルフ・ブレダンに銅版の技術を教え込まれ、後には石版画で有名なアンリ・ファンタン=ラトゥールにも指導を受けています。この頃のルドンの作品は、基本的に黒が多かったとして知られています。

そして、自らももっとも本質的な色であると黒色に対して述べており、木炭やリトグラフといったような、こういった色合いを好んで作品を造っていました。しかし、彼が大きく画家として話題となっていくのは、この頃でではなく、結婚後だったのです。

注目される存在

ルドンは、1880年に結婚をしています。この結婚を機に、パステルでの作品づくりをスタートさせています。

それは、大きな転機が結婚であったことにほかなりません。常に孤独のなかで生き続けていたルドンが、心からやすらげ、買える場所ができたことにより、心の闇に明かりが灯ったのです。

それが、理由かは彼本人の口からはハッキリとは伝えられていませんが、結婚後の彼の人生は確実に好転していっています。

1882年には、ル・ゴーロワ新聞社にて、木炭画と版画による個展を開催しますが、それが大きな注目を浴びることとなります。その後、木石版画集『エドガー・ポーに』という作品を刊行するなど、画家として、芸術家としての人生をしっかりと歩ようになっていったのです。

子どもが生まれて

そして、1889年に次男が生まれ、そこから非常に色彩豊かな作品が増加しています。それは、少しづつではありますが、ルドンが青春を取り戻していったような、そんな面持ちを感じざるを得ません。

多くの人間は、青春時代が過ぎて行くことで、二度と戻ってこないあの輝かしい日々を追いかけるだけですが、ルドンはその青春時代を辛く生きてきただけに、第二の青春を自らの家族というカタチで取り戻して行ったのではないでしょうか。

数多くの文学者たちからも、初期の頃から注目されており、頭角を現して行きます。「新たなる戦慄を創造した」という賞讃の声を文学界からも浴びるようになり、画家として大成し始めて行ったのです。

パステルが使われた作品

一時期より、パステルを多く使った作品を製作しているルドンですが、油絵なども多く残しています。ただし、ルドンの真骨頂はパステルで描かれる、独創的なタッチの作品といわれています。非常にセンセーショナルなメッセージ性を持つ作品であっても、パステルの持つ柔らかく、優しく包み込むようなタッチであることから、どこか優しいダメージとして受け取ることができます。

その印象は、明るさと寂しさ、そして憧れなど、ルドンという人物そのものを投影しているようで、時に辛くなるほどです。しかし、彼の作品からは一瞬たりとも眼を離すことはできず、さらにはその世界観に引きずり込まれていってしまうような、そういった印象すらも覚えます。

そして、49歳という時に生まれてる次男を強く愛し、息子をモチーフとした作品も多く残しているところが特徴的です。ただし、世界大戦の前線にいっていた息子を探し歩き続けている途中、76歳という年齢でこの世を去っています。ルドンの絵画の中には、不安や自分の孤独な人生を逃げずに直視する姿、そして人間の持つ闇など、ネガティブなイメージを抱く要素が多く入っています。

しかし、どことなく、彼の持つ優しさであったり、孤独を癒してくれた幻想、そして絵画に救われたという喜びなど、ポジティブなイメージなども含まれていることが分かります。さまざまな要素を兼ね備え、そして美しい色で描かれる、ルドンの幻想世界。彼の人生を振り返りながら、あらためて彼の作品を見て行きましょう。

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