隠れた主役がたくさんいる目黒不動尊

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さんま祭りで有名な目黒にある泰叡山瀧泉寺は、目黒不動尊と呼ばれる日本でも屈指の不動尊です。
江戸三大不動や五色不動などに数えられ、江戸時代から民衆の信仰を集めてきました。五色不動にまつわる謎や、大本堂裏の地主神など見どころもたくさん。
駅からも近く交通の便も良い目黒不動尊へ、ちょっと散歩に出かけてみませんか。

「泰叡山護国院瀧泉寺」が目黒不動の正式名称

目黒不動尊は「さんま祭り」で有名な目黒にあり、正式名称を泰叡山護国院瀧泉寺(タイエイザンゴコクインリュウセンジ)といい、人々からは目黒不動尊と呼ばれ親しまれています。不動尊までは目黒駅からではなく、東急目黒線で1駅離れた「不動前」が最寄り駅です。比叡山延暦寺を総本山とする天台宗の寺院で、東京都には他にも162の寺院があります。

目黒不動尊の寺伝によると、9世紀の初めに円仁が不動明王を安置したのが始まりとされていますが、同じ円仁開基の言い伝えを持つ寺院は数多く、目黒不動尊についてもその真偽は定かではありません。とはいえ、この地に古くから信仰の場があったであろうことは、大本堂の裏手に地主神が祀ってあることからも間違いなさそうです。もっとも境内に地主神を祀るのは、山王信仰のスタイルにもなっているので、単にそれを踏襲したという見方をする意見もあります。

古くからこの地にある目黒不動尊ですが、もっとも隆盛を極めたのは江戸時代に入ってから。徳川三代将軍家光が、鷹狩りで行方不明になった鷹を呼び戻すよう、近くにあった目黒不動に祈願したところ、たちまち鷹が戻ってきたことに感銘を受け、幕府によって手厚く保護されるようになったことがきっかけと言われています。1615年に本堂が焼死するという災厄に見舞われますが、1634年には50棟を超える大伽藍が復興し、当時は目黒御殿と呼ばれるほどの大規模な寺院が誕生します。

江戸の守護・関東の五色不動のひとつ

山王信仰のひとつとしての側面のほかに、目黒不動尊には江戸の守護と言われる「五色不動」のひとつとしての側面もあります。五色不動はその名前に「色」の入った、目黒不動・目白不動・目赤不動・目青不動・目黄不動の五つの不動尊を指した呼び名です。5色あるので五色不動ですが、目黄不動は2つ残っているので、実際は6つの不動尊があります。

五色不動は天海大僧正が江戸城の鎮護のために設けたとも言われていますが、その真偽は未だによくわかっていません。色々な推測が説かれていますが、これだという決定的な説や証拠が登場していないためです。天海大僧正は江戸幕府の側近として、幕府の行う政策にも意見を述べる立場だったことを考えると、宗教的に江戸の鎮護のために寺院を設置したというのも、あながち間違いとも言い切れません。実際、展開は家康の名を受け、幕府を開く地を選ぶときに、四神相応に基づいて判断し、江戸の地を選んだと言われています。この四神相応というのは、中国の陰陽五行説で風水のように方角を基本とした考え方です。

五色不動も五行にならい、5つの色を当てはめて江戸の守護としたと言われていますが、各不動の位置が五行の形をなしていなかったり、目黄不動が2つあったりと、全てを解き明かしているわけではありません。五色不動と呼ばれるようになったのは江戸時代が終わってからという点や、各不動尊の成立時期が異なっている点を考え合わせても、単なる都市伝説なのではないかという見方も強く残っています。とはいえ、怪僧との異名を持つ天海大僧正が絡んでいるなら、何か隠された秘密があるに違いないと思う気持ちもわからなくはありません。

不動明王アチャラ・ナータは大日如来の化身

目黒不動の本尊の不動明王サンスクリット語でアチャラ・ナータ。密教で信仰される五大明王の中のひとりです。降三世明王(ゴウザンゼミョウオウ)・軍荼利明王(グンダリミョウオウ)・大威徳明王(ダイイトクミョウオウ)・コンゴウヤシャミョウオウ(金剛夜叉明王)を四方に従え、中央に位置する五大明王の中でも重要な位置を担っています。

密教での信仰の中心である大日如来の化身とされ、不動明王を祀る寺は「お不動さん」や「不動尊」と呼ばれ、日本各地に広まっています。不動明王はもともとヒンズー教の神様で、最高神シヴァ神の別名がアチャラ・ナータであることから、シヴァ神ではないかと言われています。他の宗教を取り込む時によく見られる方法で、密教がヒンズー教を取り込む際に、大日如来の眷属としたのだろうというのが通説です。アチャラは「不動」ナータは「守護者」を意味する言葉で、不動明王の名前にその意味を残しています。

寺の名前にもある独鈷の滝

仁王門をくぐって左手にある「独鈷の滝」は、浴びると病が治ると言われる湧き水で、不動講の水垢離場となっています。
慈覚大師が長安の青龍寺にあった滝を思い出し、試しに手にしていた独鈷を投げたところ、たちまち水が湧き出した気になったとの伝説が残る滝です。二つの龍の口から湧き出る水は、量は少なくなったものの、一度も枯れたことのないと言われています。近くには水かけ不動が立っており、水をかけると自分の代わりに水垢離をしてくれるという、誰でも洗心浄魂できるのが特徴です。

大本堂の裏にある見逃せない小宇宙

大本堂の裏手にある大日如来の銅像も見逃せません。以前は何もないところに露座していましたが、現在は立派な屋根がかかっています。黒光りする体に金の御幸と装飾品をまとった姿が、光を浴びると一層輝きを増し浮かび上がるようです。大日如来仏教でいうところの「宇宙の中心」もしくは「宇宙」そのものとされています。覆っている屋根の内側を見ると、北極星を中心にして28の星座が描かれ、このために屋根をつけたかのようです。

さらに注意深く見て見ると、周囲には広目天・多聞天・持国天・増長天の四天王が四方を固めて守っています。大日如来のさらに奥には地主神も祀られ、この大日如来を中心とした小宇宙が形成され、まさにこここそが目黒不動尊の中心となっているのです。

縁日

不動明王を祀る寺では毎月28日を縁日とし、供養が行われていますが、目黒不動尊ではそれに加えて8日と18日にも縁日が行われるのが通例です。縁日にはたくさんの屋台が並び、ちょっとしたお祭りのような雰囲気。地元の人だけでなく多くの人が訪れ賑わいます。

境内には他にも山伏の祖と言われる役行者の像や、サツマイモで有名な青木昆陽の墓碑、縁結びの愛染明王など、まだまだ見所がたくさんあります。近くには昭和35年開業のうなぎ専門店「八つ目やにしむら」があり、ここのうなぎを目当てに目黒不動尊を訪れる人もいるそうです。目黒駅へもゆっくり歩いて15?20分程度、反対側の自然溢れる林試の森公園も徒歩10分圏内です。

目黒不動尊の周囲には他にも寺院が多く、地域の住民と寺院は古くから強く結びついていたようです。現在でも寺院に対する地元住民の信仰は厚く、古くから良い関係を築き上げ、親しまれてきたことが感じられます。目黒不動尊を訪れた後は、周囲の町並みにも目を向けて歩いてみてください。きっと何か温かい雰囲気を感じ取れるはずです。

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