神社気多大社にみる伝統の維持と新しい神社経営

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能登半島にある気多大社は、2000年以上の歴史を持つ神社で、古くから能登国の一宮と見なされてきました。
この気多大社が、近年「恋愛成就・縁結びの神社」として、若い世代を中心に注目を集めています。その背景には現代の神社が直面する、厳しい現実と新しい神社のあり方が隠されていました。

能登一宮の格式も高い気多大社

石川県羽咋市にある気多大社は、能登の一宮として栄えた神社。縁起によると創建から2100年の歴史を持つという、神代の御代から続くといわれる古社です。境内には社殿の後ろに「入らずの森」と呼ばれる、国の天然記念物に指定された約1万坪の社叢があり、その中の奥宮に素戔嗚尊と奇稲田姫命が祀られています。

御祭神は大己貴命。孝元天皇の御代の頃、鳥に化けた魔王や大蛇に人々が苦しめられていました。この時に眷属を引き連れた大己貴命が、出雲より現れて化け物を退治し、この地に止まられたという伝説が残っています。大己貴命は別名を大国主命。出雲大社の祭神であり、毎年11月に神様が集まって全ての縁を取り決めるという逸話から、縁結びのご利益があるとして人気を集めている神様です。

共通点の多い気多大社の縁起にまつわる伝承

別の伝承では、大己貴命は出雲から因幡の気多崎に到着し、そこから能登国を平定した後、所口の能登生國玉比売神社に鎮祭され、そこから気多大社へ鎮祭されたとも伝えられています。また、大己貴命ではなく異国の王子が従者を率いて渡来し、能登一帯の鬼神を一掃したという説も伝えられています。

いずれにしろ、多くの人々を率いた人が能登半島を訪れ、その辺りを治め海路を開き発展させたというのが、実際に起きた事実に近いと考えられます。気多大社が文献に登場するのは、万葉集の大伴家持の歌ですが、その内容を見ると奈良時代には京都まで名が聞こえる、北陸地方の主要な神社だったのは間違いないようです。

縄文時代からの勢力をほのめかせる寺家遺跡

この地方に強大な勢力があったとする説は、気多大社の直ぐ近くで発見された寺家遺跡からも裏付けされます。寺家遺跡は気多大社から約800メートル離れた場所で発掘された、縄文時代から室町時代にかけての複合遺跡です。建造物では竪穴式住居や堀立柱建物、土塁のついた中世建築などが見つかっており、海からの攻撃に備えた要塞があったことをうかがわせています。製塩技術や鉄器の生産技術があったこともわかっており、高い武装力を持っていた勢力だったようです。

出土品にも各時代のものが含まれ、縄文・弥生土器から土師器・須恵器、陶磁器、銅鈴や貨幣、ガラス製品まで、幅広い種類が発掘されています。どうやらこの遺跡のあった場所には、気多大社の祭祀を行うための塩や鉄器、銅器やガラス器を生産する神戸(かんべ)と呼ばれる人々が住んでいたようで、気多大社と深い結びつきがあったと言われています。

このことは縄文時代には集落を作るほどの勢力が、すでにこの地にあったことを示唆しており、その後も室町時代に至るまで、変わらずこの地を治めていたと考えられます。神世の御代から続くと伝えられる、気多大社の成立時期もかなり信憑性が高いようです。

縁結び専用サイトまである恋愛成就の神社

気多大社は大己貴命(=大国主命)が祀られているために、恋愛成就で有名になったわけではありません。その背景には現代の神社経営の、厳しい現実が絡んでいるのです。

気多大社は2000年以上の歴史を持つ、格式の高い神社ですが、北陸の能登半島にあるため、どうしても知名度では他の神社に引けを取らざるをえません。そのため、現代ではその運営自体が厳しいものになっていました。これは何も気多大社だけの問題ではなく、多くの神社が抱えている厳しい現実でもあります。

参拝客を増やし、お賽銭やお守り、ご祈祷といったことで収入を得なければ、現代の神社経営は破綻に直面してしまいます。そのため神社としては、参拝客獲得のための活動が必要になってきます。ところが全国の神社の総括である神社本庁は、こういった集客・売名活動を快く思っていないのです。神聖な神様をホームページやアプリなどで汚したくないというのがその真意であり、決して間違ったことを言っているわけではないのですが、それでは神社は成り立ってゆきません。

こういったシガラミを断ち切り、自由な経営を目指して、気多大社は2005年から2010年までかけて、神社本庁から離脱する訴訟を起こしています。結果、最高裁まで持ち込んだ訴訟は、気多大社の勝訴で決着がつき、現在は神社本庁に属さない単立神社となりました。気多大社の公式ホームページを見ると、そのアピールの仕方が他の神社と異なる印象受けるのは、こういった背景が裏にあったからなのです。

親しみやすいのに長い伝統的を持つ気多大社

気多大社の公式ホームページは、画像をメインに据えたデザインで、見る人に強い印象を与えます。まるでおしゃれなレストランやファッションブランドのように見えますが、神社の由緒から主要な祭りや祭祀、交通の案内まで必要な事項はすべて網羅され、しかもわかりやすく作られたサイトです。スマホにも対応したフレキシブルデザインで、他の神社と一線を画しています。

公式のアプリはホームページに掲載されている由緒や催事の情報の他、待受画像や来訪スタンプを受け取れるサービスや、「かなった恋話・かなった願い事」を投稿する機能もついています。ナビ機能との連動もしているので、アプリがあれば今いる場所からの経路も検索できる優れものです。

インスタグラムやフェイスブックといったSNSも活用しており、掲載される写真のクオリティにも、ドローンを使った空撮など驚かされるものがあります。更新頻度も高く、ほぼ2、3日に1度のペースで写真や情報が掲載されるのも、認知度を上げている要因となっているのは間違いないでしょう。

2000年以上続く伝統を守るために、新しい神社経営に乗り出した気多大社。そこにはこれからの神社と私達との関わり方が見えてくるようです。

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