世界史メディチ家とイスラム世界〜ヨーロッパの誇りある過去を呼び戻す一族

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イスラム世界からイタリアの繁栄を引き出すフィオリーノ金貨

ヴェネツィアは7世紀末から18世紀末に至る、約1000年の歴史を持つ自治都市でした。

その永きに渡るヴェネツィアの繁栄と自治の代名詞として私たちが思い描くのは「メディチ家」という絶大な権力を誇った一族ではないでしょうか。

貴族や騎士といった旧来の支配階級ではない、メディチ家を筆頭にした商人たちによる自治はどのようなものだったのでしょう。

当時の彼らの財力をイメージするには、卓越した貴金属加工技術によって薄く精緻に彫刻が施されたフィオリーノ金貨をチェックしてみることをおすすめします。

1252年に鋳造され、国際通貨として世界を旅する貿易商に利用されたのがフィオリーノ金貨で、表にフィレンツェの百合の紋章、裏に守護聖人聖ヨハネが刻まれた、美術品としても美しいコインです。

その薄さと加工技術、金含有量の高さと重さの統一性など、それら全てが、金貨を鋳造しているフィレンツェ商人へ向けた信用の担保となっていました。

もともと「メディチ」とは「医者」という意味がありました。医者の家系であることを物語るのは名前だけではありません。メディチ家の紋章のモチーフとなっている球体は、丸薬あるいは治療に使う吸い玉を表現したものと言われています(メディチ家の財力を表すコインという一説もあります)。

イスラム世界に封じ込まれたイェルサレムを目指し、幾度となく進撃した十字軍の遠征により、イスラム世界に向かうルートは開拓されたのですが、その一方でヨーロッパ旧来の封建制度は疲弊していきました。

騎士階級は働き盛りの若者たちと財力を十字軍遠征によって消費し続け、領主としての権力を失っていきます。異教徒であるイスラム勢力に圧倒されるばかりのローマ教皇もまた、人々の求心力を失い、その支配力は徐々に各国の王に吸い取られていきました。

一方、東アジアではモンゴル帝国が着実に勢力を拡大し、史上最大規模の領土を運営するための交通網を整備する段階に差し掛かっていました。

そんな時代でしたから、西ヨーロッパの玄関口にあるイタリア半島は、海陸双方にとって貿易路の要所という地の利を活かし、世界各地から財を集めることに成功した後、商人たちが御しやすくて力のある政治家のパトロンとなることで、衰退した西ヨーロッパの旧権力の奥深くにまで、メディチ家は食い入ることができたのです。

メディチ家の財は古代ギリシア・ローマの文化をイタリアに取り戻した

イスラム世界に地中海の制海権を牛耳られ、ヨーロッパ諸国の旧権力の財は目減りするばかりでした。しかし、イタリア半島のヴェネツィア、フィレンツェ、ローマ、ジェノヴァ他、コムーネと呼ばれる自治都市国家は、独自に10世紀後半にイスラム各国と貿易条約を締結したことで、イスラム圏内の海上貿易をメディチ家など貴族階級となった資産家たちが一手に引き受ける形で繁栄していきました。

ヨーロッパのイスラム防衛拠点かつ東方貿易の中心地であるイタリア半島のフィレンツェを拠点としたメディチ家は、1397年にメディチ銀行を興し、ローマ教皇庁の財務管理を担う一族となったことで、やがてメディチ銀行はヨーロッパ最大の商社となり、その地位は他の資産家と比較して頭一つ抜けた形となりました。その関係は15世紀後半まで持続します。

メディチ家の保護した芸術家たち

イスラム勢力とヨーロッパとの長すぎる紛争の舞台となっていた地中海沿岸からは、守りきれなかった多くの歴史遺産がイスラム世界へと流れていきました。荒廃するヨーロッパ情勢では散逸してしまったものも数多くあったのですが、文化芸術に造詣の深いメディチ家などの東方貿易商人たちが、古い遺産をイスラム世界から探し出し、ヨーロッパに取り戻すことが多くありました。古代ギリシア・ローマの芸術品や古書が買い戻したり、先進的なイスラム数学を輸入して自然学への興味を掻き立てたりした功績は、富と知性と才能がヨーロッパ中から集まってきていたイギリスにて、「ルネサンス」として花開いたのです。

メディチ家のコジモが友人の写本収集家から引き取った約800巻の蔵書で、誰もが利用できるヨーロッパ最初の図書館を作りました。

フィレンツェ市内の公共施設や教会施設を改築、新築するために豊富な財力で数多くの才能ある芸術家に仕事を与えました。建築家ミケロッツォや彫刻家ドナテッロから、ルネサンス全盛期のレオナルド・ダ・ヴィンチ、ボッティチェリ、ミケランジェロに至るまで、メディチ家代々の当主が芸術家のパトロンとなり、時には国境を越えて芸術家を派遣して仕事を与えたりすることで、手厚くサポートしたのです。

財を公共に使うメディチ家はフィレンツェの街に愛された

権力を金で買い叩く悪徳資産家、というイメージを、メディチ家に持っている人も多いかもしれません。しかし、メディチ家本来の家風は、蓄財にのみ邁進するのではなく、商いで得た財産を公共の利益に回して、誠実に働く人間が得をし、才能あるものを育成し、社会に還元していく徳と審美眼を身につけることにありました。

ルネサンス文化の花開いたフィレンツェの街には世界レベルの美術館がひしめいていますが、そのほとんどがメディチ家所有のコレクションを基にしたものです。

文化芸術を愛するメディチ家の富の美学は、フィオリーノ金貨の美しさが時を超えて伝えています。

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