仏像仏教界のカリスマモデル、観音菩薩の変化姿と逸話・異形型変化観音編

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基本の聖観音に続きまして、有名どころにして異形型の変化観音像について語ります。

異形が多い理由

観音様には、人間ではなく異形の姿で現れることだってありますね。
というか、観音菩薩のメジャーなイメージは「腕が沢山、顔も沢山」の多面多臂像ではないでしょうか。では何故そうなったのか?「観音様は助けて下さる」という現世利益の性格にありました。ヒンドゥー教の神々と通ずるものがあったんですね。そこで、いつからか観音信仰とヒンドゥー教の神々のイメージが一つとなり、多面多臂像の観音が増えたわけです。

日本に初めて渡った変化観音、十一面観音

日本発の変化観音は十一面観音菩薩です。顔が沢山あるものの、基本的には腕が二本なので比較的見分けはしやすいですね。
左手に清らかな水の入った水瓶もしくは未開敷蓮華を持っていることが多いです。一説には頭に盛られた十の顔は十一面観音の功徳、化仏が四つの果報を表しているとのこと。功徳とは病気をしない、お金や衣食に困らない、どんな敵をも打ち倒す、慈悲の心が芽生える、虫や武器などによって傷を負うことがない、火事や水害に遭うことも、野垂れ死にすることもない、という物です。360度ぐるり見渡しているだけあって、隙ナシ、鉄壁の防御のような功徳ですね。

四つの果報とは死に至る際諸々の仏を見ることができ、地獄に落ちることもなく、鳥や獣に食べられることもなく、極楽往生できるという物です。サンスクリット名はエーカーダシャムクハ。「十一の面」といった意味なので、そのまま十一面観音と訳されました。基本的には二臂ですが、たまに四臂の物も存在。これは『十一面観自在菩薩真言念誦儀軌経』という経典に沿ってのこと。お数珠、水瓶、未開敷蓮華が目印です。また、二臂でも持物として錫杖を持つ長谷観音という例外もまたあります。

縄で救います。不空羂索観音

この名前は「あらゆる願いを空しくさせないために叶え、全ての衆生を救う」という意味です。
金版で言えば、十一面観音に次ぐ変化観音で、『不空羂索経』『不空羂索神変真言経』という経典を持ちます。後者が、この観音に関するスタンダードな人物名鑑のようなもの。『不空羂索心王母陀羅尼真言』という真言を唱えれば、現世において二十の益を、臨終においてははちの益を得ることができるそうです。
おまけに、戦乱になっても、陀羅尼を唱えれば、あら不思議と争いが収まる、とまで言われる鎮護国家の性格も持っています。額に第三の目を持ち、八本の腕を持つのが普通。名前の通り、衆生を救う羂索を持ちます。他にも持物はありますが、像によって異なり、剣を持つ物まであるんです。

多臂像について

多臂像の観音も数多くいますが、有名どころでは千手観音、馬頭観音、如意輪観音、准胝観音、不空羂索観音といったところ。「多臂像は皆千手観音じゃないの!?」違います。千手観音は掌に目を持ちます。
像では大概持物がある為見えなかったりしますが、腕だけでなく顔も頭部にてんこ盛り。おまけに細かい腕がわらわらと生えているので、比較的メジャーな上、分かりやすい観音像と言えそうです。

慈悲の化身、千手観音

千手千貫観世音菩薩という正式名称があり、サンスクリット名はやたら長いです。サハスバビフジヤ・アリア・アヴァロキテスバラ。
何か美味しそうな響きですが、何でそんなに腕や目を持ってるんだと言われれば、どこまでも衆生を色く見渡し、見つけ、助ける為です。それも、慈悲の心を持って。千手観音はいわば慈悲の化身なんですね。罪滅ぼしや延命などのご利益があります。頭が二十七個あるバージョンも存在しています。バリバリ有能な人材にしか見えません。

実際には腕は四十二本ですが、一本で二十五の世界(もしくは衆生)を救うとされているので「千手観音」の名に恥じません。奈良県唐招提寺大阪府の葛井寺では、実際に千本の腕を持った千手観音が見られるそうです。しかし見応えでいうなら京都府三十三間堂がおすすめです。黄金に輝く1000体の千手観音がズラリと並ぶ様、中央の大きな中尊も見応えがありますし、迫力や異空間にいるような感覚はナンバーワン。

怒れる馬頭観音

菩薩像において唯一の忿怒相(怒った顔)なので分かりやすいですね。
「優しく言ってるのに分からない?じゃあ、こうだ!」という怒り役と言った所。同じような忿怒相で多臂像の多い明王と間違えかねないって?実際馬頭観音には忿怒時明王という別名がありますし、「実は明王じゃないか」との説もあるとか。変化観音としては遅めに漢訳が成されたそうです。
ご利益は仏敵を退き砕き、日輪として衆生を照らすこと。煩悩の破砕も行います。「菩薩なのに怒っているのは納得いかない」とのご意見もあるでしょうが、十一面観音の360度盛りヘア的な顔の中にも怒りをあらわにしたものはあるのです。優しい人だっていつもニコニコしているわけではなく、時には愛情を持って叱ることもある、というのが馬頭観音なんですね。名前の通り頭部には馬がおり、家畜の守護神ともされます。額には第三の目が存在。

母と呼ばれる准胝観音

性別不明の菩薩の中、ハッキリ女性であるとされる観音です。というのも、救済の手段として、あらゆる菩薩を生んだ「母」の側面を持つんですね。
それも、七千万という驚異の数。鬼子母神に遠く及ばない脅威のビッグマミーです。別名は七倶胝仏母。「倶胝」というのが「途方もに単位」を表しており、ビッグマミーであることの裏付けにもなっています。腕がわらわらと多いため、千手観音と見分けがつきづらいでしょう。
ただ、腕の数が左右会わせて十八本と比較的スッキリしているので、ある程度数えれば分かります。また、第三の目を額に持ちます。ちなみに、女性的な変化観音には水月観音なども存在。

何でもあり?如意輪観音

変化観音の最終形態です。サンスクリット名はチンタ(如意)・マニ(宝珠)・チャクラ(法輪)。如意とは「意のままに」という意味。

ある意味でマジシャンのごとく、何でも出せるのは宝珠の力。
法輪に象徴される煩悩破壊の性格もあります。何でも出せるマジシャンと守ってくれるSPを足したようなこちらのご利益は、俗世でも出家しても「財に困らない」こと。ただ、ここでいう財が俗世と出家とで違うんですね。
在家では文字通りの金銀財宝、お金。出家時の財とは、智慧、福徳のことを表します。「坊さんだから、智慧の手助けしてあげよう」と、柔軟です。ポーズもなんだか十なんですが、これは「救う気持ちは揺らぎません」と言う決意の証。腕は六本ですが、石山寺(滋賀)や岡寺(奈良)には二臂の物があるようです。
法隆寺にも二臂の像がありますが、半跏思惟に似たポーズから弥勒菩薩ではないかと目されています。仏像ながらどこか女性的な印象ですが、どうやらモデルが女性だった模様。

まとめ

色々な思想、閃き等からどうとでも変化する観音様。様々な説話にも登場するほど親しまれているのは、どこか身近なイメージがあるからかもしれませんね。

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