仏像いろいろな伝説も面白い!なるべくしてなった仏教開祖、お釈迦様

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何にでも始まりがあります。今日の漫画の体系を作り上げたのは手塚治虫氏であり、初めて言文一致で小説を書いたのは二葉亭四迷です。
宗教に関しても同じく、開祖が存在するもの。仏教の開祖は、言わずと知れたお釈迦様。通称を仏陀(悟った者)とも呼ばれます。英雄や聖者という偉人の中には、少々伝説を盛られた人物もいますが、お釈迦様もまた、そんな聖者にして大賢者の一人であります。

御降誕

お釈迦様の生まれた頃は小さな国々が点在し争う、いわば戦国時代。詳しい生没年は分かっていませんが、大体紀元前五世紀ごろ「じゃないか」と言われています。
何で分かっていないかと言えば、古代インド人が詳しい歴史の記録を残す、と言う性質ではなかったため。ともかく、シャカ族という部族の王子として御降誕されました。本名はゴータマ・シッダールタ。ちなみに、ゴータマが名字です。
生まれたのはルンビニー園と言う所。里帰り出産をしようとした母親のマーヤー夫人が旅の最中いきなり産気づいてのご誕生です。

急な出産だった上立った状態で行ったこともあり、御降誕からわずか一週間でマーヤー夫人は亡くなってしまいます。幼いシッダルタを育てたのは、叔母に当たるマハーパージャパティーでした。そんな生い立ちを持ったシッダルタ少年は一部族とは言え王子。多くの家来にかしずかれて大切に育てられました。専用の宮殿を二つ持ち、一流の教育係を付けられるなど、贅沢の極み。おいおい、本当に出家に至るのかと思いますが、シッダルタ少年には悟りへと至る素養がありました。

世の無情について思う

シッダルタ少年は物思いに耽るようになっていきます。「何で身分の差があるのか?何で老いるのか?病気になるのか?」当時のインドはヴァルナと呼ばれる身分制度が幅を利かせており、奴隷もいれば、王もいるし、その中間もいました。

しかし、皆病気になる、老いていく、そして死ぬ。生まれることも含め「四苦」と呼ばれる苦しみです。これに愛する者との別れ(愛別離苦)や、会いたくない人と会うこと(怨憎会苦)、求めるものが満足に得られないこと(求不得苦)、気持ちも心も苦しいこと(五陰盛苦)を含めた言葉が「四苦八苦」です。「嫌だ、怖い!」と贅沢に逃げないのが一流の人間たる所以です。
「ちょっくら気晴らしいこかー」と、宮殿の東西南北の門から外でしようとしますが、各方角に老人がおり、病人がおり、死人にも出くわしました。この出来事を「四門遊出」といいます。

出家を決意

どこから行っても、老い、病、死はついてくる、そんな象徴的な出来事です。
逃げられないことを悟り、多感な時期のシッダルタは一層思い悩みます。最後の門で見たのは、修行僧の姿でした。「出家すれば苦しみから逃れられるかもしれない」と言うのが、出家を志したきっかけでした。
しかし大事な一人息子で、しかも王子。父スッドーダナは「いや、息子に出家されちゃ困るから」と、贅沢な宴を催しますが、「だから何」といった反応。挙げ句と結婚と言う手で引き止めることにします。妻となったのは、いとこのヤショダラ。
美しい妻との結婚で少しは気が晴れたかもしれませんが、やはり悩みは尽きませんでした。息子のラーフラが誕生したこともあり、29歳の時遂に出家します。馬に乗って、家出同然の出家です。

修行僧時代、そして悟りへ

ガンジス川の向こうのマガダ国にて、シッダルタは二人の師匠と出会いました。
アーラーラ・カーラーマとウッダカ・ラーマプッタという二人の僧侶です。瞑想と言う修行の果て、物事にとらわれない無所有所、考えること、考えないことにとらわれない非想非非想処の境地に至りました。
「でも何かまだ足りない」と、真の悟りを求めて行脚の果てに「苦行やってみよう」と思い立ちます。苦行は死に繋がりかねない過酷な物。他の僧侶よりも更に過酷にしますが、「やっぱ意味ないわー」と思い至ります。自分を苛め抜いても駄目、快楽で誤魔化すのも何にもならない。
「じゃーどしたらいいの!」と怒る元気もなくなったシッダルタに、スジャータと言う娘が近づきます。彼女が差し出した粥を飲んだことで、他の修行僧からは軽蔑されますが、生気を取り戻し、今度は木の下で瞑想に入るのでした。悪魔に邪魔されながらも悟りを開き、仏陀(悟りを得た者)となります。

かつての修行仲間と再会、仏教誕生

仏陀は現在サールナートと呼ばれる場所に向かいます。
そこで、かつて一緒に修行したご人の僧侶と再会。説法をしますが、「苦行辞めた奴の話なんか知るか」と言った態度。しかし実際に聞くその内容に感心し、弟子となりました。超初期の仏教が誕生した瞬間です。

質問形式がお釈迦様の基本スタイル

この五人と共に遊行に出、多くの弟子を得ることになる仏陀。ゾロスター教徒だったカッサパ三兄弟と彼らが率いる1000人の弟子を始め、他の宗教から移るように弟子が集まりました。
男尊女卑の社会の中、女性にも優しく教理を教える為、女性の信者も増えていきます。

しかし、一番大きかったのは、「対機説法」と言う、一種の質問形式による説法にあるようです。カウンセリングにも似た疑問の投げかけと、それに関する明瞭な回答が、どんな身分、性別等を越えて仏陀の得た悟りを人々に臨機応変に届けることを可能にしたわけです。

入滅時の御言葉

弟子と共に各地を回って45年もの歳月を救済に当ててきた仏陀。80歳の時その人生に終焉を迎えます。
沙羅双樹の下、弟子のアナンダに言いました。「すべては過去へ過ぎ去る。それでも修行を続けなさい」。全ては無常、変化する。それが、仏陀の得た真理の一つでした。
仏陀の死は入滅と呼ばれます。完全なる解脱(自由を得る)の後、ご遺体は弟子たちにより荼毘に付されて、遺骨は一時信仰対象になりました。

四聖諦と八正道

仏教の基本は四諦と言う真理から成ります。「諦」というのは諦めるんじゃなくて明らかな真実と言う意味です。
まず苦諦。「肉体がある以上、この世は全て苦」という非情の宣告に聞こえます。次に集諦(じったい)。執着などが苦を生むこと。つまり煩悩です。そこから煩悩を断ち切る滅諦(めったい)に至り、悟る為の実践修行、道諦(どうたい)へと移行するのが四諦、または四聖諦です。この修行法が八正道。正しく物を見る正見、そこから生まれる正しい心正思惟、正しい言葉の正語、間違った行為をしない正業、正思惟、正語、正業により贈ることができる正しい生活を示す正命、正しい努力の正精進、常に正しい心をキープする正念、全を組み、瞑想することで精神統一を行う正定の八つ。

十二因縁

苦悩の断絶に至るには、一種の方程式のようなものを知ることが肝要です。「これがあるからこれもある」「あれがないからそれもない」といったものですが、十二因縁と呼ばれる方程式は、真理を知らない無明から始まり、行、識という状態の選択によって、最終的に無明が無くなれば苦も無くなる境地に達するというものです。

まとめ

まずはお釈迦様の人間的生い立ち等についてまとめました。別の記事では炉色な伝承等について語っていきます。

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