仏像いろいろな伝説も面白い!なるべくしてなった仏教開祖、お釈迦様・伝説伝承編

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仏教開祖のお釈迦様、またの名を仏陀。王子という恵まれた身分に生まれながら、「生まれて、病気になり、老いて死ぬ」と言う人間の苦しみから抜け出すべく出家した大聖人ですが、それだけに面白い伝説やなるほどとうなずけるエピソードもあるようです。ちなみに別名の釈迦牟尼は、「聖人のお釈迦様」という意味を持ちます。

脇から御降誕、の理由

まず、誕生からして尋常じゃありません。母であるマーヤー夫人の脇の下からお生まれになったというのが伝承。
いやさそもそも、生まれる前から聖人ぶりを発揮していました。マーヤー夫人はヴァイシャーカ月(古代インドの暦で2月頃)のある夜、6本牙を持った白い象が腹に入る夢を見て、懐妊したとされています。白い象はインドでは聖獣。生まれた時、だけでなく生まれるに至る経緯も尋常じゃなかったんです。
月満ちて里帰り出産をしようと旅に出ますが、途中のルンビーニという園でアショーカの木(無憂樹)を見つけました。「まあ素敵」とその木に咲いた花をとろうとした途端、右の脇から赤ん坊が誕生!これがのちのお釈迦様、ゴータマ・シッダルタです。

有名と言えば有名なお話ですが、「何で脇の下なの?」という疑問もあるでしょう。口からだって額からだっていいはずです。手を伸ばしたんなら掌からお生まれになるのもいいでしょう。インドの経典『リグ・ヴェーダ』の中に、「何でヴァルナ(古代インドの身分制度)なんてものがあるの?」という問答があります。それに対し、「ハハハ、いい質問だね!」と回答したのが『プルシャの歌』。
その昔、頭と手足を千も持ったプルシャという巨人がいました。神々はお祭りの時にこの巨人を解体し、月も太陽もプルシャの体の破片から生まれたという、気の毒なんだか壮大なんだかよく分からない創世神話です。人間もプルシャの体から生じたもので、聖職者たるバラモンは口、王賊に当たるクシャトリヤは腕、もしくは脇から誕生。腿からは一般市民のヴァイシャが生まれて、奴隷のシュードラが誕生したとのこと。お釈迦様ことシッダルタは王族なので脇から御降誕、ということになったようです。

天上天下唯我独尊

お釈迦様のビックリ誕生物語はこれだけにとどまりません。生まれてすぐに立ち上がり、七歩歩いて言い放ったのが、あの「天上天下唯我独尊」です。
意味は「天の上にも下にも、私より優れた者はない」ということ。両手お指で天と地を指している像も有名です。生まれてすぐに歩いてしかもビッグマウス的な発言。聖人は違います。普通の人間がやったら白い目で見られるのでやめときましょう。

出家にも布教にも、「天」が関係

先に述べた「四門出遊」ですが、実はここにすでに仏様の戦略がありました。
悩み事から解放されるべく、遠出を試みた若きシッダルタ。しかし、東西南北の門から出ようとしても各門に病人、老人、死者がいて遠出する気も失せてしまいます。最後に修行者に出会ったことで、16歳のシッダルタ少年は出家の決意を胸に秘めるのでした。ところでこの面々、ほぼ同一人物で天部(神)の化身ですね。その名は五部浄天。八部衆の一人です。
帝釈天も協力しましたが、ほぼ五部浄天が演じました。老人や病人に化けて苦しむ様を見せたわけです。アカデミー賞助演賞モノの演技で。子供が生まれたこともあって迷いましたが結局出家したのはご承知の通り。結構優柔不断だって?思慮深い方なのです。それに、出家に至るまで相当悩んだ模様。

悟りを得た後にも、天部が活躍しました。「スンゴイこと悟っちゃったけど、常人に分かるかなあ。人に言わなくてもいいんじゃないかなあ」と、またも迷います。「言わないでおこう」としますが、待ったをかけたのが梵天。宇宙の真理の化身です。インドではブラフマーという名前で人気と崇拝を集めていました。
「お前も十分苦しんだだろう?その苦しみから自分だけ抜け出すの?悟ったことを分かりやすく教えて、助けてあげたらどう」と背中を押し、「やってみるか」とその気にさせたわけです。

まずやるべきは、矢を抜くこと

お釈迦様の弟子の中に、マールンクヤプトラと言う人物がおり、やたら質問を投げかけて来ました。
「この世界は永遠にあるのでしょうか?」「仏陀は亡くなられた後も存在なさいますか?」「この世界って果てとかありますか?」「あとあれがどうで、これがこうで云々かんぬん」等々。
熱心なのか不安なのか、「答えてくれなきゃ辞めます」とまで言い出す始末。「結婚してくれなきゃ死んじゃう」という創作物の女性キャラ並みに熱心で、ちょっとうざったいです。
しかしそこはお釈迦様。ちゃんと答えました。「ホントに答え知りたいの?でもね。お前が生きているうちに全部を知ることはできないよ」気持ちのいいほどズバッとしたご回答。清々しすぎて、逆に反論できません。お釈迦様の方も、そこで「じゃ、サヨナラ」としないのです。
「一つたとえ話をしようか」と、「毒矢のたとえ」と呼ばれるたとえ話を開始します。あるところに、毒矢に射抜かれた男がいました。「その人なんて名前ですか?」「どこに住んでいるんですか?」「どんな仕事していんですか?」「そもそも何で刺されたのですか?」なんてことまでマールンクヤプトラも聞きません。しかし、毒矢に射られた人の感覚がずれていました。
「何で俺刺されたの?誰がやったの?この辺の人?矢はどのくらいの大きさ?どんな弓使ったのか調べなきゃ!」なんて言っているうちに毒が回って死んじゃいます。
お釈迦様は言いました。「お前の疑問は、本当の苦しみとは関係がないの。そんなことを考えていたら、それだけで寿命が来てしまうよ」この話の教訓は、「グダグダ言わんと、さっさと矢を抜いて楽になりなさい」ということらしいです。

葉っぱの数

菩提樹の下で瞑想中のお釈迦様の下に、ある人物がやって来ていいました。
「あなたは何でも知っている、分かる知者だそうですね。後ろの木に何枚の葉っぱがあるか分かりますか?」いつの時代にもいるのです、こういう揚げ足取りみたいな輩。
それに対し、お釈迦様は「どうしても知りたいのなら、自分で数えなさい。私にはそんな暇ないですよ」。こう言われたらぐうの音も出ません。『毒矢のたとえ』に通ずるものがありますね。

まとめ

色々と興味深い伝承がありましたが、天部が教えを広めるように言ったりするのもなるほど納得と頷ける要素は多々あります。どんな贅沢も所詮は一時の楽しみ。
しかし、そこまで世の無常を感じるようになったのは、単に王子の身分や贅沢に虚しさを感じたためではないようなのです。オドロキのお釈迦様伝説、残りは別の記事でお送りします。

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