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数々の武将が必勝祈願!「熱田神宮」肌を洗えばキレイになる!?女性必見のスポットも

2016-09-05

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愛知県名古屋市熱田区にある熱田神宮は熱田に住む人々のみならず、昔からたくさんの武将たちが信仰を寄せた神社として有名です。 古来、山や岩をご神体としてきた神社ですが、剣をご神体とする珍しい神社です。

なぜ、剣がご神体なのか?
なぜ、武将たちがこぞって崇敬したのか?
今回は熱田神宮の起源と武将が信じたそのご神徳をご紹介します!

剣の持ち主・倭建命は強くてイケメン!

熱田神宮のご祭神は熱田大神です。
熱田大神とは、三種の神器の1つである草薙神剣を御霊代としている日本の最高神・天照大御神のことです。 三種の神器は天皇の皇位継承の際に、同時に継承される神器のことです。

そして、三種の神器は草薙御剣のほかに、八咫鏡(伊勢の神宮の皇大神宮のご神体)と八尺瓊勾玉(皇居に保管)があります。 草薙神剣が神話の中で初めて出てくるのは、天照大御神の弟神・須佐之男命が8つの頭を持つ怪物・ヤマタノオロチを退治した時です。 ヤマタノオロチの尾を切り落とすと、中から太刀が出てきたのです。これが後の草薙神剣です。

須佐之男命は「なんと不思議な剣だ。私が持っておくにはもったいない」と、天照大御神に献上しました。 その後、天照大御神は孫の邇邇芸命に地上世界を治めるよう命令し、三種の神器を託したのです。

それから時代は流れ、景行天皇の治世。 景行天皇は美しいと噂の姉妹を妃にしようと、息子の大碓命を遣わせました。 ところが、大碓命もこの姉妹に惚れてしまい、自分の妃にしてしまいました。 景行天皇はもう一人の息子・小碓命に大碓命を連れ戻すよう命令しました。 しかし、小碓命は兄である大碓命を殺してしまったのです!

恐れた景行天皇は小碓命を自分から遠ざけるために、九州で反乱を起こしていた熊曾建を退治するように命令しました。 元々美しい顔立ちの小碓命は女装して、熊曾建の宴会に侵入しました。

熊曾建はまんまと女性だと信じ込み、油断していました。そして、小碓命は彼を酔わせ、隙をついて剣で一突きしたのです。 頭が切れ、圧倒的な強さを持つ小碓命に、熊曾建は自分の名前の『建』という字を与えました。

そして、小碓命は『倭建命』と名乗り景行天皇の元へ帰りましたが、天皇は一層怖がってしまい、次は東国に行くように命令しました。 父のために良いことをしたと思っていた倭建命はショックを受けます……。

それを見た叔母の倭比売命は倭建命に「何かあった時はこれを使いなさい」と、ヤマタノオロチから出たと伝えられる太刀(神剣)を授けました。 倭建命が東国に入ると、地元の神々たちは恐れて彼を野原に誘い込みました。

そして、火を放ち焼き殺そうとしたのです。倭建命は授かった神剣で炎をなぎ倒し、難を逃れました。 そのことからこの神剣を『草薙神剣』と呼ぶようになりました。

その後、倭建命は東征し、房総半島に渡ろうとしました。
ところが、海の神の怒りに触れ、嵐が吹き荒れたのです。 すると、妃の弟橘比売が「私が生け贄になって、神の怒りを静めます!」と、海へ入水したのです。 瞬く間に海は静まり返り、倭建命は無事に房総半島へ渡ることができました。

それから信濃へ向かい、地元の神々を屈服させて尾張に戻った倭建命は、婚約していた美夜受比売と結婚し、平和な日々を過ごしました。

その後、伊吹山(岐阜県と滋賀県の県境)の神を討つために旅立ちますが、草薙神剣を美夜受比売に預けたまま持って行くのを忘れてしまい、山の神による冷たい雨のせいで力尽きてしまいます。 すると、倭建命は1羽の大きな白鳥に変化し、飛んでいったのです。

それから、倭建命が亡くなった後、美夜受比売は草薙神剣を熱田に奉斎したのが熱田神宮の始まりだと言われています。

数々の武将がこぞって寄進!

熱田神宮の創建は113年とされていて、1900年以上も前です。
そして、伊勢の神宮に次ぐ尊いお宮として厚い信仰を集めるようになりました。 須佐之男命が天照大御神に献上し、倭建命が火をなぎ倒した草薙神剣がご神体という強いパワーを持っていることから、武将たちは戦勝祈願のために訪れました。

また、鎌倉幕府初代将軍・源頼朝は母が熱田神宮の宮司の娘であることもあり、特に信仰を寄せていたといいます。 そして、無神論者で知られる織田信長さえも熱田神宮のご神徳を信じていて、桶狭間の戦いの前には願文を奉し、戦勝祈願を行ったのです。 そのおかげなのか、戦いに勝利し、信長は全長400メートルにもなる『信長塀』を寄進しました。

さらに長篠の戦いでも熱田神宮で祈願し、勝利したのです。その後も境内の修造を行ったことから、信仰の厚さが伺えます。 また、豊臣秀吉徳川家康も信仰を寄せたと言いますから、やはり熱田神宮のご神徳は計りしれません。

女性必見! 美しくなりたい人のための『清水社』

たくさんの武将から信仰を寄せられた熱田神宮。
現在の熱田神宮は「受験に勝つ!」とか「試合に勝つ!」など、必勝祈願で訪れる方が多いと思います。 どこか男気を感じる熱田神宮ですが、女性に訪れてほしい摂社があります! それは『清水社』です。

清水社は熱田大神が祀られている本宮の東側にあります。 ご祭神は水の神様である、罔象女神。 社殿の奥には水が湧いており、平家の武将・平景清が目を患った時にこの水で目を洗うと治ったという言い伝えがあり、目の神様としても信仰を集めています。 そして、肌を洗えばキレイになるという信仰もあります。 また、湧き水の真ん中になる石塔(楊貴妃の石塔の一部と言われています)に、3回水をかけてお願い事をすると叶うと言われています。 ぜひ、本宮の後にお参りしてみてくださいね!

いかがでしたか。
熱田神宮の「神宮」は、天皇や皇室祖先神をご祭神とする神社や朝廷と深い結びつきのある神社にしかつけられない社号です。 そんな熱田神宮は歴史も古く、また多くの参拝者で賑わう大変人気の神社です。 名古屋に遊びに行った時にはぜひ、参拝してくださいね!

■所在地
〒456ー8585
愛知県名古屋市熱田区神宮1ー1ー1

熱田神宮の草薙剣に隠された大和朝廷の権力

熱田神宮は愛知県にある神社。伊勢にある皇大神宮・豊受大神宮に次ぐ、格式の高い神社として知られています。
その熱田神社に祀られている草薙神剣は、天皇家に伝わる三種の神器のひとつ。
草薙剣が発見され、熱田神宮に祀られるまでの伝説には、大和朝廷が覇権を広げた秘密が隠されていました。

三種の神器のひとつを祀る熱田神宮

熱田神宮は名鉄名古屋本線の「神宮前」駅からほぼ正面にあります。三種の神器のひとつ「草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)」が収められた神社として有名です。御祭神は「熱田大神」で、草薙神剣を御霊代とする天照大神と言われています。熱田大神については日本武尊がその正体とする説もあり、未だ決着はついていないようです。

草薙神剣はもともと八咫鏡とともに、伊勢神宮に祀られていましたが、日本武尊の東征の際に倭姫命から手渡され、窮地を脱する手助けとなりました。無事に東征を終えた日本武尊は、帰還の途中に尾張国で宮簀媛命(みやずひめのみこと)を娶り、その後その地に留まります。ある日剣を置いたまま出かけ、そのまま帰らぬ人となりました。宮簀媛命は熱田に社地を構え、残された草薙剣を祀ったのが熱田神宮の始まりと言われています。

この草薙剣は御祭神の1柱、素戔嗚尊によって発見されました。その経緯は有名なヤマタノオロチ退治の伝説に描かれています。

素戔嗚尊が天照大神に献上した天叢雲剣

高天原から追い出された素戔嗚尊は、出雲国・肥河(現在の斐伊川)の川上に降り立ちました。しばらくは落ち込んで嘆いていましたが、川上から箸が流れてくるのを見て、ふと興味が湧き川上へ上っていきます。すると老夫婦と若い娘が泣いているところに遭遇しました。素戔嗚尊が泣いているわけを尋ねると、「私たちには八人の娘がいましたが、この地に住まうヤマタノオロチに毎年1人ずつ食べられてしまいました。今年もヤマタノオロチの現れる時期になり、最後の娘も食べられてしまうと嘆いておりました。」と答えます。素戔嗚尊は娘を嫁にもらうことを条件に、ヤマタノオロチを退治することを提案しました。

素戔嗚尊に支持された通り、足名椎と手名椎の2人は8つの門を設けた垣を巡らし、それぞれの門に酒をなみなみと注いだ船を用意しました。素戔嗚尊は櫛名田比売(くしなだひめ)を五百津爪櫛(ゆつつまぐし)に変え、自分の髪に挿しました。やがて現れた8つの頭と尻尾を持ち、8つの峰と谷に体を這わせる巨大な怪物のヤマタノオロチは、それぞれの首を門に突っ込んで酒をがぶ飲みし、やがて酔いつぶれてしまいます。すると素戔嗚尊は天羽羽斬(あめのははきり)の十握剣(とつかのつるぎ)でもって、ヤマタノオロチの首を切り落とし、二度とよみがえらぬよう体も細切れにしていきました。

首から胴、胴から尾と切り進んで行きましたが、おのところでカチリと音がして十握剣の刃がこぼれてしまいました。尾を切り開いて確かめてみると、そこから一振りの見事な剣が出てきます。素戔嗚尊はこれに天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)と名をつけ、「自分が持つにはもったいない尊い剣」だとして、姉の天照大神に献上しました。大蛇を退治した素戔嗚尊は、櫛名田比売とともに出雲国の須賀に宮を造り、足名椎(あしなづち)と手名椎(てなづち)を呼び一緒に暮らしました。その後も子孫は繁栄し続け、のちに大国主命が生まれることになります。

草薙の剣で窮地を脱した日本武尊

日本武尊(やまとたけるのみこと)は幼名を小碓尊(おうすのみこと)といい、双子の兄の大碓尊(おおうすのみこと)がいます。身長2メートルもある立派な体格に対し、女性と見間違うほどの麗しい容姿を持っていたと伝えられています。父の景行天皇の命により、叛乱を起こした熊襲(くまそ)を平定に向かったときは、その容姿を利用し娘に化けて祝宴に潜り込み、見事に熊襲梟師(たける)兄弟を討ちとるといった、知略にも優れた人物でした。

熊襲を平定してまだ間もない頃に、続けて東国の蝦夷を平定するよう命じられます。東国へ出立した日本武尊は、叔母にあたる倭姫命(やまとひめのみこと)に挨拶をするため、伊勢神宮に立ち寄りました。実はこの時度重なる戦闘で、今度こそ生きて帰れないと思った日本武尊は、倭姫命に最後の別れを告げようと思って、伊勢神宮へ立ち寄ったようです。それを察した倭姫命は日本武尊に、伊勢神宮に奉納されていた天叢雲剣と錦の小袋を手渡しました。

伊勢神宮を後にした日本武尊は、邪神・蛮族を平定しながら駿河国へと入りました。日本武尊の武勇の噂を耳にしていた駿河の国主は、正面から戦っても勝ち目がないと思い、だまし討ちを計画します。饗宴でもてなされ帰順の意を受けたと感じた日本武尊は、翌日国主から頼まれた魔神退治を快く引き受けました。国主の案内に従って魔神退治に出かけた日本武尊ですが、千萱竹菅の生い茂る野原に差し掛かると、国主の謀略により火攻めにあい四方を火に取り囲まれてしまいます。

絶体絶命のピンチに陥りますが、ふと倭姫命から「火急の時はこの袋を開きなさい」と言われたことを思い出し、手渡された錦の小袋を開いてみると、中から火打ち石が出てきました。日本武尊がすぐさま剣で周囲の草をなぎ払い、この火打ち石で草に火を放つと、途端に伊勢神宮の神風が吹き、勢いを増した火は逆に国主をはじめとする叛逆者たちを焼き殺したのです。のちにこの地は焼津と呼ばれるようになり、草をなぎ払った天叢雲剣はこの時より草薙剣と呼ばれるようになりました。

この後、無事に東国を平定した日本武尊は帰途につくのですが、伊勢神宮を出立した後に立ち寄った尾張国で、のちに妃となる宮簀媛命をすでに見初めていたのでした。

草薙剣に見る大和朝廷の平定の意味

素戔嗚尊によってヤマタノオロチから手に入れた草薙剣。素戔嗚尊はこれを天照大神に献上しますが、これには深い意味が隠されているようです。ヤマタノオロチの描写に「その身に苔また檜椙おひ、その長さ谿八谷峡八尾に渡りて、その腹を見ればことごとに血あえたぎれたり」とあります。大蛇退治の舞台となったのは出雲国斐伊川上流と、ほぼ意見が一致しています。この地には船通山から斐伊川・日野川・可愛川の3つの河川があり、この川筋に沿って伝説が広がっていったようです。

邪神や怪物の討伐伝は、通常その地の強大な勢力や個人を指すことが多いですが、ヤマタノオロチの姿はこの土地自体を描写したと考えられています。うねうねと流れる斐伊川を大蛇の体として描写し、両岸を埋めるように生い茂る樹々や苔を体に生える檜椙にみたてたというのです。では血の滲んだ腹とは一体何でしょう。出雲国の斐伊川は古くから砂鉄の産地として知られ、砂鉄から出る金気が錆びて川岸や川底が赤くなっている様を、血の滲んだ腹と描写してのではと考えられます。

そう考えるとヤマタノオロチ退治の伝説は、大和朝廷が持っていた十握剣(青銅器)の刃が欠けるほど丈夫な、草薙剣(鉄器)を素戔嗚尊が手に入れ、それを天照大神に献上したということになります。言い換えると、出雲国にあった砂鉄を利用した製鉄の技術を持った人々、もしくは技術自体を素戔嗚尊が掌握し、天照大神=大和朝廷はその技術を手に入れることで、より強大になったと考えられます。
草薙剣は大和朝廷が他を寄せ付けない「力」を手に入れた象徴として、三種の神器の一つに数えられ大切に守られているのです。

数々の武将が必勝祈願!「熱田神宮」肌を洗えばキレイになる!?女性必見のスポットも

愛知県名古屋市熱田区にある熱田神宮は熱田に住む人々のみならず、昔からたくさんの武将たちが信仰を寄せた神社として有名です。 古来、山や岩をご神体としてきた神社ですが、剣をご神体とする珍しい神社です。

なぜ、剣がご神体なのか?
なぜ、武将たちがこぞって崇敬したのか?
今回は熱田神宮の起源と武将が信じたそのご神徳をご紹介します!

剣の持ち主・倭建命は強くてイケメン!

熱田神宮のご祭神は熱田大神です。
熱田大神とは、三種の神器の1つである草薙神剣を御霊代としている日本の最高神・天照大御神のことです。 三種の神器は天皇の皇位継承の際に、同時に継承される神器のことです。

そして、三種の神器は草薙御剣のほかに、八咫鏡(伊勢の神宮の皇大神宮のご神体)と八尺瓊勾玉(皇居に保管)があります。 草薙神剣が神話の中で初めて出てくるのは、天照大御神の弟神・須佐之男命が8つの頭を持つ怪物・ヤマタノオロチを退治した時です。 ヤマタノオロチの尾を切り落とすと、中から太刀が出てきたのです。これが後の草薙神剣です。

須佐之男命は「なんと不思議な剣だ。私が持っておくにはもったいない」と、天照大御神に献上しました。 その後、天照大御神は孫の邇邇芸命に地上世界を治めるよう命令し、三種の神器を託したのです。

それから時代は流れ、景行天皇の治世。 景行天皇は美しいと噂の姉妹を妃にしようと、息子の大碓命を遣わせました。 ところが、大碓命もこの姉妹に惚れてしまい、自分の妃にしてしまいました。 景行天皇はもう一人の息子・小碓命に大碓命を連れ戻すよう命令しました。 しかし、小碓命は兄である大碓命を殺してしまったのです!

恐れた景行天皇は小碓命を自分から遠ざけるために、九州で反乱を起こしていた熊曾建を退治するように命令しました。 元々美しい顔立ちの小碓命は女装して、熊曾建の宴会に侵入しました。

熊曾建はまんまと女性だと信じ込み、油断していました。そして、小碓命は彼を酔わせ、隙をついて剣で一突きしたのです。 頭が切れ、圧倒的な強さを持つ小碓命に、熊曾建は自分の名前の『建』という字を与えました。

そして、小碓命は『倭建命』と名乗り景行天皇の元へ帰りましたが、天皇は一層怖がってしまい、次は東国に行くように命令しました。 父のために良いことをしたと思っていた倭建命はショックを受けます……。

それを見た叔母の倭比売命は倭建命に「何かあった時はこれを使いなさい」と、ヤマタノオロチから出たと伝えられる太刀(神剣)を授けました。 倭建命が東国に入ると、地元の神々たちは恐れて彼を野原に誘い込みました。

そして、火を放ち焼き殺そうとしたのです。倭建命は授かった神剣で炎をなぎ倒し、難を逃れました。 そのことからこの神剣を『草薙神剣』と呼ぶようになりました。

その後、倭建命は東征し、房総半島に渡ろうとしました。
ところが、海の神の怒りに触れ、嵐が吹き荒れたのです。 すると、妃の弟橘比売が「私が生け贄になって、神の怒りを静めます!」と、海へ入水したのです。 瞬く間に海は静まり返り、倭建命は無事に房総半島へ渡ることができました。

それから信濃へ向かい、地元の神々を屈服させて尾張に戻った倭建命は、婚約していた美夜受比売と結婚し、平和な日々を過ごしました。

その後、伊吹山(岐阜県と滋賀県の県境)の神を討つために旅立ちますが、草薙神剣を美夜受比売に預けたまま持って行くのを忘れてしまい、山の神による冷たい雨のせいで力尽きてしまいます。 すると、倭建命は1羽の大きな白鳥に変化し、飛んでいったのです。

それから、倭建命が亡くなった後、美夜受比売は草薙神剣を熱田に奉斎したのが熱田神宮の始まりだと言われています。

数々の武将がこぞって寄進!

熱田神宮の創建は113年とされていて、1900年以上も前です。
そして、伊勢の神宮に次ぐ尊いお宮として厚い信仰を集めるようになりました。 須佐之男命が天照大御神に献上し、倭建命が火をなぎ倒した草薙神剣がご神体という強いパワーを持っていることから、武将たちは戦勝祈願のために訪れました。

また、鎌倉幕府初代将軍・源頼朝は母が熱田神宮の宮司の娘であることもあり、特に信仰を寄せていたといいます。 そして、無神論者で知られる織田信長さえも熱田神宮のご神徳を信じていて、桶狭間の戦いの前には願文を奉し、戦勝祈願を行ったのです。 そのおかげなのか、戦いに勝利し、信長は全長400メートルにもなる『信長塀』を寄進しました。

さらに長篠の戦いでも熱田神宮で祈願し、勝利したのです。その後も境内の修造を行ったことから、信仰の厚さが伺えます。 また、豊臣秀吉徳川家康も信仰を寄せたと言いますから、やはり熱田神宮のご神徳は計りしれません。

女性必見! 美しくなりたい人のための『清水社』

たくさんの武将から信仰を寄せられた熱田神宮。
現在の熱田神宮は「受験に勝つ!」とか「試合に勝つ!」など、必勝祈願で訪れる方が多いと思います。 どこか男気を感じる熱田神宮ですが、女性に訪れてほしい摂社があります! それは『清水社』です。

清水社は熱田大神が祀られている本宮の東側にあります。 ご祭神は水の神様である、罔象女神。 社殿の奥には水が湧いており、平家の武将・平景清が目を患った時にこの水で目を洗うと治ったという言い伝えがあり、目の神様としても信仰を集めています。 そして、肌を洗えばキレイになるという信仰もあります。 また、湧き水の真ん中になる石塔(楊貴妃の石塔の一部と言われています)に、3回水をかけてお願い事をすると叶うと言われています。 ぜひ、本宮の後にお参りしてみてくださいね!

いかがでしたか。
熱田神宮の「神宮」は、天皇や皇室祖先神をご祭神とする神社や朝廷と深い結びつきのある神社にしかつけられない社号です。 そんな熱田神宮は歴史も古く、また多くの参拝者で賑わう大変人気の神社です。 名古屋に遊びに行った時にはぜひ、参拝してくださいね!

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〒456ー8585
愛知県名古屋市熱田区神宮1ー1ー1

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