仏像

仏教世界を分かりやすく。有名経文ご紹介!【逸話とたとえ話付き】

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何事も分かりやすさというのは大事です。経典と聞いて「ちょっと小難しい話は遠慮します」となりそうな方でも受け入れられる、たとえ話や面白い逸話付きの経典をご紹介。

桁違いのスケール、大乗仏教の宣伝部長『華厳経』

「何冊あるの?」冊数の問題ではありません。内容のスケールが桁違いなのです。
仏典における中心的存在であり、教主はあの廬舎那仏、奈良の大仏様で有名な方ですね。実は廬舎那仏、宇宙そのものなのです。名前は華厳の滝の由来にもなっていますが、経典自体は時間や空間という概念を超えた、絶対的な存在たる仏について語られています。華厳経はそんな壮大なスケールと同時に色々な人物から話を聞いて悟りを得る物語も載せ、「大乗仏教はこういう物ですよ」と宣伝しているのです。
サンスクリット語で残っているのは、下の二つのみ。

【十地品】
菩薩の行うべき修行。全部で十の段階があります。執着心などを失くすところから始まり、最終的に仏(悟り)の光を得るまでのステップを説いた物です。

【入法界品】
文殊菩薩に見いだされた善財童子なる少年が、「誰でもいいから、出会った人々に話を聞きなさい」とのお告げにより、五十三人の話を聞いた、というお話です。中には外道(他の宗教信者)や遊女と言った、仏法とはまるで関係なさそうな人物もいましたが、最終的には弥勒菩薩や普賢菩薩などの大物と話をするに至るというお話。色々と教訓になりそうなストーリーですね。ついでに言えば、『華厳経』は日本に仏教を広めるきっかけにもなりました。しっかり宣伝になっています。

たとえ話で面白く、罪さえ消せる『法華経』

真言宗並びに天台宗の礎となり、大乗仏教の初期の経典とされる『法華経』。一乗思想について、たとえ話を使って分かりやすく面白く解いています。

「一乗思想って何よ」と言われれば、「仏様の教えは平等だよ。真実の教えで誰だろうと成仏できるよ」というものです。これに対する三乗思想もありますが、それをも巧みに取り込んだ物語が展開されます。三乗思想というのは、声聞乗(阿羅漢という高僧になる為の道)、縁覚乗(独学で学び悟る者の道)、菩薩乗(菩薩の道)の三つの教えのことです。

【煩悩の火から逃れる三車火宅】
ある所に、それは金持ちの地主がいました。潰れかけた家に、たくさんの子供と住んでいるという設定。
いきなり火事になりますが、子供たちは遊びに夢中になっていて気づきません。「火事だ!逃げろ!オメーら何がそんな楽しいんだ!火がそこまで迫っているのに気づかないのか!」といくら言っても聞く耳持たず。そこで、地主はやり方を変えました。「新しいおもちゃをあげよう。外に羊と鹿と牛の車がそれぞれ三つあるから、それで遊びなさい」これには子供たちも喜んで外に出て、地主は実際に言った物よりも立派な、神聖なる白牛が引く車を与えたとのことです。「物で釣っただけじゃないの」とお思いでしょうが、この子供たちは一般の衆生、火事は煩悩を表します。羊の車、叱の車、牛の車は声聞乗、縁覚乗。菩薩乗のこと。それらに乗って煩悩から逃れた時点でそれぞれが阿羅漢や菩薩になっているのです。そんな彼らに、白牛の車が表す一乗思想の方がよっぽどいいよ、と改めて教えを説くというお話。

このたとえ話は「三車火宅(さんしゃかたく)」という名前で、法華七喩(ほっけしちゆ)と呼ばれる七つのたとえ話の一つに数えられます。お釈迦様はこうした分かりやすくも面白いたとえで人々を説いたのですね。『法華経』には、写経をすれば罪が消えるという功徳もあります。

子供が意味も分からず書いた物でもOKという懐の深い経典です。

【法華経で罪が消えた『安珍清姫』の物語】
法華経の写経により、罪が消えたとの物語があります。プロパガンダ的な内容ですが、『道成寺』、或いは『安珍清姫』という名前で伝わるお話です。
その昔、安珍というそれはそれは美しい僧侶がいました。熊野のお社に向かっていた安珍ですが、ある家に一夜の宿を求めます。そこにいたのが清姫。「何てイケメン!」と胸キュン。心持ちは乙女ですが、行動は大胆です。女性の身で夜這いをしかけました。しかし、安珍は女性に興味ナシ。「ウゼエ女だな」と思いつつ、「今私は願掛けの修行中なのです。戒は守らなくてはなりません。帰りにまた寄りますから、その時にでも」といけしゃあしゃあ嘘をつきました。そしてそれを信じ込む清姫。
「待ってるからねえ、ダーリン」とばかりに送り出し、着替えや料理を用意して彼を待ちますが、元々よる気はないので、当然安珍は一向に現れません。お社に詣でる人々にそれとなく安珍の特徴を話すと、家とは違う方向に行ったとの証言。「騙しやがったな、あの坊主!」と怒り狂い、彼を見つけるや巨大な蛇に変身。しかも火を噴きます。蛇というかむしろ龍です。安珍の方は「何で!?」とばかりに逃走。
逃げ込んだ道場寺で事情を話し、釣り鐘に匿ってもらいました。その光景を見ていたのか、清姫の化けた大蛇は鐘を縛りつけて、ありったけの重い女ファイヤー!これには道成寺の僧侶も近づけず、バーニング釣り鐘を見守るのみ。清姫が血の涙を流して去り、火が消えてもまだ熱い鐘に必死に水を掛けます。しかし時既に遅し。
イケメン僧侶安珍は真っ黒焦げに炭化していました。かわいそうに、と埋葬しますが、数日後、道場時にいる一人の僧侶の夢に二匹の蛇が現れました。聞けばその二匹は安珍と清姫の生まれ変わり。しかも夫婦になったそうです。重い女の執念勝ちですが、双方とも納得していないご様子。こと安珍の方は修行中だったのに、と不満は大きかったようです。「法華経の写経をして供養してください」と言って消えました。目を覚ました僧侶は早速皆に手伝ってもらい、写経開始。

やっと終わったその晩、今度は住職の夢に転人が現れて、二人が天上界に生まれ変わったことを報告したそうです。
僧侶の身にありながら嘘をついて女の純情(夜這いをかけた時点で純情ではないですが)を踏みにじり、嘘をついて逃れようとした安珍の罪。僧侶に一方的に懸想をした挙げ句焼き殺した清姫の罪が、他者の写経供養で帳消しになったというわけですね。

『法華経』の中で説く観音の功徳『観音経』

『法華経』の一部でもある『観音経』。大乗仏教の時代になって表れた観世音菩薩にはどのような功徳があるのかを解いています。観音菩薩をただ念ずること。それだけで、どんな苦難とも無念という物です。『法華経』にあるほんの一章ですが、文章が韻を踏んでいて美しいと評判の模様。

千回唱えて罪とはサヨナラ、『高王白衣観音経』

中国で成立した「偽経」という分類に属し、1000回唱えれば罪が消えるというのが功徳。無実の罪で捕まった人物が、夢で「このお経を唱えれば出られるよ」と言われたのが始まりとされます。処刑までされそうになりましたが、1000回目を唱え終わったため、死なずに済んだという伝承です。

まとめ

やはり、逸話などがあるとよりありがたい気持ちになってきますね。
何事もただ教えるのではなく、何かにたとえたり話を付加するのがいいのかもしれません。
現に、お釈迦様も弟子などにそうしていました。

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