日本史

最先端トレンドだった大型古墳!前方後円墳がアツかったあの頃

2017-11-06

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カギ穴のような形が特徴の巨大なこの人工物は、「前方後円墳」と呼ばれる、古代の権力者のお墓です。日本には、こうした1500年も前の人物のお墓がたくさん残っています。墳墓の形が不思議なのもそうですが、この巨大さにも圧倒されてしまいますね。

今回は、この、前方後円墳が何故作られ、そして作られなくなっていったのかを検証してみたいと思います。

神話と史実、誇張が入り混じる!!特殊な時代「古墳時代」

大型の古墳が作られ始めたのは、歴史区分でいうと弥生時代から飛鳥時代にまたがった3世紀後半から7世紀末までの約400間と一般的に考えられています。とくに大型の前方後円墳は3世紀後半から6世紀末まで盛んに作られました。その頃の日本の状態を表す資料は、交流のあった中国や朝鮮半島の国々に残る文献や、古代日本の国史(正史)とされる「日本書紀」などによります。

ところが「日本書紀」は、正史というにのにもかかわらず、『当時の為政者が日本の正当な統治者であることを世にアピールするために編纂された』という性格を持っていますので、実際の人物と神話の神々が入り混じる特殊な歴史書となってしまいました。そのため古墳の中に埋葬されている人物が、歴史上のどの人物なのかがはっきりと分かっていないものも多く、考古学者たちは今もまさに研究の真っ只中にいるのです。

前方後円墳が作られたワケ

有力な王族や豪族たちが、その権力を誇示するために、古墳は作られ始めたと言います。それではどんどん大きなものになっていくのも、無理はありませんね。

前方後円墳が出現した三世紀後半くらいから、少しずつ、日本の政治ではヤマト政権が力を持ち始めました。初期のヤマト政権には、天皇はいたものの絶対的な権力があったわけではなく、ほかの有力豪族たちとの連合政権のようなものだったと考えられています。

豪族たちは政治の場でより大きな発言権を持つために、こぞって権力の誇示に務めたのです。大きなお墓を作るということは、それだけの人材と集めることができる権力と財力がある、というアピールには最適だったのです。

現代のお金だと建築費用はどれくらい?

大阪府にある大仙陵古墳(仁徳天皇陵)は、全長840メートル、後円部の高さ35.8メートルもの全国第一位の規模の古墳です。

ある建築会社がこの大仙陵古墳を現代の建築方法でいくらかかるかを試算した面白いデータがあります(宝島社/日本の古代史)。それによると、古墳陵に20億円、埴輪製作に16億円、合計36億円かかるとなっています(1958年当時)。機械などを使わない古代の工法だとなんと796億円の建築費と15年8ケ月の歳月が必要ということです。

こうなると、各有力豪族たちは、生きているうち、元気なうちから自分のお墓を作らなくてはいけないことが分かります。現代とはずいぶん違う生死感を持っていたのかもしれませんね。

古墳時代の終焉、政治に何がおこっていたか

先ほど、古墳は豪族たちの権力アピールの場であった、と述べました。しかし、それは政治の形態がヤマト政府と地方豪族たちの連合政権が成り立っていたからこそ可能だったと考えられます。

645年、ヤマト政権と豪族たちの拮抗が崩れる、大きな事件が起きました。「乙巳の変(いっしのへん)」です。大王家との姻戚関係を結びながら大臣として政治的にも大きな発言力持つ蘇我氏一族を、中大兄皇子中臣鎌足がクーデターにより滅ぼしたのです。当時の天皇だった皇極天皇は弟の孝徳天皇に譲位し、ここに蘇我氏を排斥した新たな政権が誕生しました。翌645年の元旦、改新の詔が発布されたと「日本書紀」は言います。これが「大化の改新」と、授業で習ったので覚えている方もいるかもしれませんね。

大化の改新の一環として同年3月「薄葬令」が発布されます。これは、身分に応じてお墓の規模を制限する勅令で、これにより人や馬の殉死殉葬の禁止や墓の建築日数や石室のサイズ、役夫の数や装具などが細かく定められました。民衆の負担や犠牲を極力減らすためとされていますが、豪族の権力の象徴ともいえる巨大な墳墓製作の機会を奪う、ヤマト政権の取った中央集権化政策の一環とも考えられています。

こうして、巨大な墳墓は次第に作られなくなっていったのです。

まとめ

人間の体は小さいものですが、そこに権力や富、名声など様々なものがくっついてしまい、結果的にあのような大きなお墓でなければ収まらなくなってしまったのでしょうか。命の重さが身分によって違った時代は、日本史の中でも長い間続きました。千年を超えてもなおその存在を後世に知らしめることのできる人物がいる一方では、野辺の花を一本だけも、供えてもらえなかった人物もたくさんいた事でしょう。
それでも、あんな巨大な歴史的遺産をずっと大切に保存し続けている私たち日本人も、なかなか素晴らしい!と思いませんか?

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