仏像

施主と僧侶の関係今昔

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施主と言うのは、読んで字のごとく施しをする人のことです。
現在では、お葬式などの時に当主として費用を出す人を指しますが、元はお布施をする人のことでした。
僧侶に食事などを託初と言う形で提供していたのですが、いつからかそのやりとりは金銭に変更されます。
施主と僧侶、その関係を探ると面白い事実が見えてきます。

「旦那」の元となる言葉

元はサンスクリット語でダーナパティと呼ばれていました。意味は「お布施」です。
これを漢字にして檀越(だんおつ)などと呼ぶようになりますが、他にも檀拿(だんな)などとも呼ばれます。そう、「うちの旦那が」というあの「旦那」の語源です。
托鉢で食べ物などをもらうイメージから、中世日本では仕事先の主を「旦那」と呼ぶようになりました。現在、大黒柱である夫を「旦那」と呼ぶのはその名残です。

喪主との違い

施主は葬儀の費用を出す人物ですが、それは大概故人の子息であったりします。
「喪主とは違うのか」と言われれば、「お金を出すかどうか」です。
場合によっては両方取り仕切ることもあるでしょうが、喪主とは遺族を代表する人物を言います。
故人の配偶者、或いは子息などです。対して施主は先に述べたように費用を出す人のことで、「奥さんが代表で、息子が費用を出す」時は妻が喪主で息子が施主、と言った図式になります。

寺と民衆を結び付けた檀家制度

檀家という言葉があります。これはお寺と一種の契約を結んでお金を援助する家のことです。
今でこそ「ここの檀家だから、お葬式はあそこでやる」と普通に話していますが、実はこの制度ができたのは結構最近でした。
江戸時代初期、幕府は全ての寺院を管理。この時代はキリシタンの弾圧の意味もあって、「民衆は皆お寺に登録しなさい」とのおふれも出しました。
登録させることで、「キリシタンはいないな?」とにらみを利かせたわけです。
これが檀家制度の始まりとなりました。
実は、この時代になるまで基本的に庶民の葬式を仏僧が行うなんてことはありませんでした。
現在「死んだらお寺で供養」と当たり前のように考えていますが、政治上の理由が元というちょっと意外な事実があったのです。
檀家と言う言葉は更に前、鎌倉時代には既にありましたが、この頃は政治に絡むこともあり、あまり大衆的ではありませんでした。応仁の乱に始まる戦国時代で焼かれた寺も多かった為一般大衆には大して馴染がなかったと言えます。

まとめ

医療におけるドナーという言葉も、元を正せば「施主」と同じになります。
お布施とは仏教の基本理念である慈悲の心を形にした物で、昔は食べ物などでした。現在では金銭と言う形になっており、色々と揶揄する人もいるようですが、大切なのは慈悲心、そして仏、衆生を思う気持ちです。
形こそ変わっても、誰かの為に何かを行える人が、真の施主と言えるでしょう。

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