仏像

現世を意味する娑婆の活用法

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刑事もの、或いはそれをパロディにしたセリフでよく使われるのが「娑婆の空気はうまい」というもの。
娑婆とは俗世間、というよりも牢獄や軍隊などから見ると比較的自由な世界を意味するのが一般的です。

別名は堪忍土

サンスクリット語でのサバーが語源となっています。
意味は大地ですが、漢訳される時に「堪忍」との字が当てられました。
何故なら人々の息づく大地、世界は生病老死の四苦がはびこる苦しい場所だからです。
「生きるって辛いよな」と言うのがお釈迦様出家理由ですが、お釈迦様の時代から大分経っても、どれほどの瞑想が現れても一向にこれらの苦がなくなることはありません。
そんな娑婆が「自由な世界」と称されるようになったのには理由がありました。

極楽と呼ばれた遊郭での「娑婆」

それは遡ること江戸時代。吉原等の遊郭は極楽と呼ばれていました。
金周りが良ければ好き放題遊べるためです。そんな遊郭に対し、外の世界が苦しみの多い娑婆と呼ばれていました。
しかし遊郭の女たちからすれば、借金返済をしない限り出られないいわば牢獄であり、地獄です。
余程売れっ子の花魁でなければ食事にも事欠くとされていたほどに。
そこから、娑婆とは、外の世界、閉鎖された施設よりもはるかに自由で良い所、とされるようになったのです。

その他近現代の「娑婆」

かつての軍隊でも、軍以外の俗世を娑婆と呼んでいました。
遊郭と同じ意味が定着し、「上官の命令はどんな無茶なものでも絶対」と言う世界からすれば、確かに俗世の方が楽に思えます。
一方、昨今では老人ホーム、入院などでも外の世界を「娑婆」と表現するようになりました。外への憧れです。

娑婆の意味をどうとるか

遊郭の外、もしくは規律が厳しい軍隊などに比べれば、確かに自由はあります。
しかし自由だから良い、と言うわけではないとの人もいるでしょう。
元の意味が堪忍土であるように、この世は苦に満ちています。
遊郭や軍隊とは比べ物にならないと思うでしょう。しかし、当人からしてみれば苦しいことに変わりはありません。皆自分が一番苦しいのです。
「失恋ごときが何だ」「野球ができないのが何だ」と他者の苦しみを「そんなこと」と切って捨てる人もいます。そう、「分かってもらえない」「『そんなこと』と切って捨てられる」、それだって娑婆に生きる者の苦しみです。
「どこに行っても地獄同然」と捉えて落ち込みますか?堪忍土での苦しみを修行ととる人もいます。娑婆は六道の一つなのだから苦しくて当然です。
また苦労を乗り越えた人の言葉には重みがあります。
修行を終えた段階だからある意味では当然です。「つまり耐えろと言うことか」無理に、とは言いません。できる所からでいいのです。

まとめ

極楽浄土は娑婆の外にあります。
「娑婆の空気は美味しい」と表現される現代の「娑婆」に相当する極楽、真の幸福を得る為には、まずできることからコツコツやっていくことが肝要です。
少なくとも経験が自信となってまた次のステップへ上ることもできるでしょう。
そして気が付けば成長していた、と言うこともあるかもしれません。

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