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古式ゆかしい神事が伝えられる南宮大社

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岐阜県にある南宮大社には、長い歴史に埋もれることなく、古いしきたりが受け継がれた神事・祭礼が、数多く残されています。江戸時代に再興された朱塗りの社殿などが目を引きますが、南宮大社を訪れるなら神事祭礼も見逃せないポイントです。

美濃国一宮として栄えた南宮大社

南宮大社があるのは岐阜県不破郡垂井町。かつては美濃国一宮として知られた、由緒正しい古社です。南宮大社と称するようになったのは戦後になってから。それまでは何宮神社と称していました。祭神は金山彦命で、彦火火出見尊と見野命が配祀されています。

創建時期については神武天皇の御代という説や、崇神天皇の御代という説など諸説あり、詳細はわかっていません。平安時代中期の文献「延喜式神名帳」に「仲山金山彦神社」の名前で、名神大社として記されていることから、これよりもかなり古い時期からあったことは間違いないようです。

縁起不詳とはいえ、歴史の長い南宮大社には、古式をそのままに伝える神事が多く残されています。中でも「例大祭」と「金山祭」は、全国から人が集まる有名な祭です。

少年少女が主役の古式ゆかしい御田植祭

例大祭の前日におこなわれる「御田植祭」は、農作物の豊穣を願って行われる神事。宮代地区から選ばれた3?5歳の21人の少女が、手甲・脚絆・前掛け姿にタスキを掛け、髪に金と銀の折り紙で作った蝶を飾って登場します。

同じく宮代地区から選ばれた7人の男児は、笛や太鼓・小鼓を鳴らす囃子方と、田おこしの所作を行う所役に扮します。お囃子が始まると、鍬役と圦(いり・えぶり)役に扮した男児が、境内に仮設された斎田で田おこしの所作を行い、中盤から早乙女姿の少女たちがずらりと並び、リズムに合わせて田植えを行います。早乙女に扮した少女たちは、髪飾りの蝶を大切に保管しておき、嫁入りの時にタンスに入れて持っていくという風習も残っているようです。

もともと現在は末社である御田代神社の斎田で、明治時代の中頃まで行われていた神事でした。神事の一連の流れは室町時代に完成したといわれ、国の重要無形文化財に指定されている神事です。

ご祭神が里帰りする例大祭の神幸式

例大祭のメインともいえるのが神幸式。南宮大社のご祭神が、もとは御旅神社に鎮座していたという伝説が由来の神事です。南宮大社のご祭神の金山彦命と、本殿内の樹下神社の大己貴命、同じく本殿内の高山神社の木花開耶姫と瓊瓊杵命が、神輿に移されて御旅神社まで里帰りする神輿渡御式です。

午後、一番太鼓とともに法被姿の氏子たちが集まり、高舞殿の前に3基の神輿が並べられます。二番太鼓がなると宮司によって、金山彦命と樹下神社・高山神社のご祭神が、出発のために神輿へ遷されます。三番太鼓が鳴り響くといよいよ出発です。

仙道・仙道大麻・御幸太鼓・前導・供奉に続けて、3期の神輿とご神宝が行列に並び、楼門から下向橋・大鳥居・石鳥居を経て、相川に架かる御幸橋を渡ると、御旅神社に到着です。御旅神社に到着すると、遷霊の祝詞が挙げられ神事が終了します。

胡蝶の舞などが奉納された後は、来た道を今度は南宮大社へ向かって戻る「還幸」が行われます。途中の祭礼場で行われる、4人の男児による還幸舞も、無形文化財に指定されている神事芸能。宝冠を頭に2人の男児が羯鼓を鳴らして舞う「羯鼓舞」、2人の男児が紫縮緬の頭巾と綿入姿で舞う「脱下舞」、最後は男児4人が揃って木彫の竜頭と鱗模様の衣を着て舞う「竜子舞」の3つの舞が奉納されます。

ひたすら舞い続ける五穀豊穣を願う蛇山神事

例大祭と並行して行われる蛇山神事は、当日の早朝1時から始まる神事です。南宮山の奥にある蛇池から降りてきた神が宿った竜頭を、還幸で神輿が到着する祭礼場に建てられた、「蛇山」と呼ばれる約13メートルの櫓の上に取り付けられます。

五穀豊穣を祈願して行われる神事ですが、この神事のいちばんの特徴は、祭礼場に神輿が到着するまで舞い続けるところ。明け方から午後に神輿が到着するまで、絶えることなく舞を続けます。この蛇山神事も国の重要無形文化財に指定されている神事です。

野鍛冶の鍛錬式を再現した金山祭

南宮大社が全国から崇敬を集めているのは、ご祭神の金山彦命にあります。金山彦命は鉱山の神様。そこから鉱山だけでなく、金属やそれに関わる加工業の神様として、崇敬されている神様なのが理由です。

南宮大社で行われる金山祭は、「鞴(ふいご)祭」とも呼ばれている神事で、全国から鉱山や金属関係の業者が集まる有名な祭です。ご祭神の金山彦命が南宮山へ遷られたと伝えられる、崇神天皇5年霜月上申日(現在の11月9日)の前日に、境内の高舞殿の前で行われます。

烏帽子に直垂姿の神職と奉行と呼ばれる3人の野鍛冶が、この祭りの主役を務めます。神職が火打ち石で日を起こす所作を執り行うと、いよいよ祭りの本番。3人の野鍛冶が、鉄床に置かれたオレンジ色の鋼に、交代で槌を打ち込む音が境内に鳴り響きます。完成した小刀を神前に奉奠すると、すべての神事が終了です。

南宮山の奥宮で行われる高山社祭

南宮大社のご神木である白玉椿にちなんだ祭礼。この祭が行われるのは境内ではなく、南宮山山頂付近にある高山神社の奥宮です。白玉椿にちなんでいることから、椿祭とも呼ばれるこの祭は、残念ながら一般には公開されていません。

南宮山の高山社奥宮の前で、神職が祝詞の奏上と玉串の奉奠を行います。椿の霊力が魔を追い払うという言い伝えもあり、古くは宮中の「豊明節会」で、巫女がご神木の白玉椿の枝を手に、舞を献上したこともあったようです。

将門伝説に由来した節分祭

939年(天慶2)に起きた将門の乱で、打ち落とされた将門の怨霊の首が、火を噴いて京へ飛んでいくのを、南宮大社の火須勢理命(隼人神社のご祭神)が、矢竹を持って射落したという伝説に由来する祭で、魔除けと五穀豊穣を祈願する神事です。裏面に「鬼」と書かれた大的を狙って、12本の矢を射ることから、大的神事とも呼ばれています。現在でも隼人神社の前には、将門の首を撃ち落とした矢竹が生えています。

大祓式は蘇民将来が由来の茅の輪くぐり

夏に入る前に行われる大祓式は、蘇民将来に由来する茅の輪くぐりが有名な神事です。正月以来の罪や穢れを、人の形をした形代=人形(ひとがた)に移して、無事に夏を越せるよう疫病除けの祈願をする神事です。楼門を入ったところにかけられた、茅の輪をくぐる風習は、全国の神社で見られる神事で、平安時代から行われています。

構成になってから始められた行事もありますが、南宮大社の神事祭礼は、平安時代から室町時代にかけての頃と、変わらぬ古いしきたりを残しているのが大きな特徴です。春日局の願いによって、徳川家光が再興したエピソードが有名ですが、南宮大社を訪れるなら、ぜひ祭礼や神事のスケジュールをチェックして、目の前で行われる古式ゆかしい神事を堪能してください。

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