日本史

なぜ【日本書紀】は作られた?古事記との違いと「正史」という性格

2017-12-15

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『記紀』とワンセットにされることの多い【古事記】と【日本書紀】。ともに神々がこの国を作ったことから始まり、神話やちょっとありえないような伝説を経て実際の歴史の時代までが物語として書かれています。多くの登場人物は同じですし、時代の流れ的にもだいたいが同じです。ではなぜ、似たような書が二種類作られたのでしょうか。

基本的な形態は同じでも、実は読み比べてみるとずいぶんと違いがあります。また作られた経緯も、持つ性格も、完全に「別もの」だということが分かります。

今回は【日本書紀】について、掘り下げてみたいと思います。

古事記との比較でわかる【日本書紀】が持つ性格と目的

それでは、まずは簡単に古事記日本書紀の比較をしてみましょう。

◇【古事記
<開始時期>:天武天皇在位中(673〜686)
<編者>:稗田阿礼が朝廷に古くから伝わる「帝紀」「旧辞」を誦習し、それを太安万侶が書き編纂した
<記載されている年代>:神代〜推古天皇(〜628)
<構成>:全三巻
<完成した年>:712年
<表記>:基本的には漢文だが、日本語の音を意識した表現となっている
<特徴>:神話的ストーリー重視。天皇家や古くからある豪族たちの、一族の発祥が良く書かれている

◇【日本書紀
<開始時期>:天武天皇在位中(673〜686)
<編者>:舎人親王を中心とする6人の皇族と、6人の豪族、ほかにも多くの人々が参加している(役割分担があったのではないか)
<記載されている年代>:神代〜持統天皇(〜697)
<構成>:全三十巻と系図一巻
<完成した年>:720年
<表記>:漢文
<特徴>:出雲神話(大国主)が書かれていない。中国歴史書にならった書き方、陰陽道など中国思想の強い影響がみられる

どちらも天武天皇の時代に編纂が開始されていますね。天武天皇は、豪族たちの力を抑え天皇主導で政治を行う中央集権をめざした強いリーダーでした。(天武の後間もなくして藤原の世が始まって天皇は傀儡へと戻ってしまうのですが・・・)

古事記】が、天の神に子孫である天皇家と、天の神に従う豪族たちの祖神を描くことで、天皇家がリーダーシップをとる正当性を国内に向けてアピールした私的な歴史書であるならば、【日本書紀】は、皇族を中心とした編纂組織によって作成された、日本の深い歴史と帝国らしい秩序を外国にアピールする「日本の正史」であることを目的とした歴史書であると言えるでしょう。

実は初めてじゃない?国史編纂事業

日本書紀は、いまでは日本で初めての正式な国史とされていますが、実は、推古朝・聖徳太子の頃にも国史の編纂事業が進められていました。

国内で一番古い記録には、推古天皇二十八年(620年)とあり、厩戸皇子(聖徳太子)と蘇我馬子によって、「天皇記」「国記」「臣(おみ)・連(むらじ)・伴造(とものみやつこ)・国造(くにのみやつこ)・百八十部?(ももやそとものおあわせて)公民等本記(おおみたからどものほんき)」の3つの歴史書を筆録したと言われています。

「天皇記」は歴代の天皇の系譜及び、王位の継承について書かれていたと思われます。

「国記」は国政に関することを、「臣・連・伴造・国造・百八十部?公民等本記」は中央や地方のさまざまな氏族や支配された人々について、記述されていたものと推測されます。

これらは、実は現存していません。編集に携わった蘇我氏が保管していたようで、乙巳の変で、殺害された蘇我入鹿の父蘇我蝦夷が、自宅に火を放ち自害する際、蝦夷が燃やしてしまったと言われているのです。このうちの「国史」だけは、燃え盛る炎の中を何とか拾われ天智天皇に献上されたと言われますが、現在も所在は分かりません。 燃えてしまった国史の代わりに、新しい国史を作ろう、という動きになったのは実に自然な流れだったのですね。

日本書紀のあとにも続いてゆく日本の「正史」

一方、日本書紀の後にも国史の作成は続いていきます。分かりやすいように一覧にしてみましょう。

◇【続日本紀(しょくにほんぎ)】
<編者>菅野真道(すがののまみち)・藤原継縄(つぐただ)ら
<掲載年代>文武天皇〜桓武天皇(697〜791年)
<完成した年>797年

日本書紀とそれ以降の国史を合わせて『六国史(りっこくし)』と呼びます。 この歴史書編纂と同時に、強度の産物や、山・川・野・原などの名称の由来、お年寄りが語る伝承などを書き記しておくことが命じられました。これは『風土記』と呼ばれるものです。また、懐風藻や万葉集など、漢詩や和歌など、多くの文学もまた生まれた時代でした。

◇【日本後紀(にほんこうき)】
<編者>藤原緒嗣(おつぐ)ら
<掲載年代>桓武天皇〜淳和(じゅんな)天皇(792〜833年)
<完成した年>840年

◇【続日本後紀(しょくにほんこうき)】
<編者>藤原良房・晴澄善縄(はるすみのよしなわ)ら
<掲載年代>仁明(にんみょう)天皇(833〜850年)
<完成した年>869年

◇【日本文徳(もんとく)天皇実録】
<編者>藤原基経・菅原是善ら
<掲載年代>文徳(850〜858年)
<完成した年>879年

◇【日本三代実録】
<編者>藤原時平
<掲載年代>清和天皇〜光孝天皇(858〜887年)
<完成した年>901年

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