仏像

善から悪へ、また善への仏教の鬼神たち

2017-12-18

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人生には色々なことがある、と言われます。仏教の神仏の中にも、意外と濃い人生を送っている方が多く存在していました。中でも変動が激しいのが、鬼神とされる面々です。鬼のイメージの元でもあります。

仏教の神、「天」とは何か

仏教の仏には如来菩薩、明王、天の位がありますが、如来菩薩悟りと衆生の救済に関係しています。
明王と天は戦闘のイメージが強いです。明王はちょっと強引なスカウトマン兼熱血教師と言ったところ。天はスカウトされた、もしくは自分の意思で仏教に入った、元はインド神話の神々に当たります。多くが仏法を守り、衆生を守るのがお役目です。

元は正義で努力家の阿修羅

興福寺の像があまりに有名で、仏教界でも1、2を争う美少年的なルックスと謳われる阿修羅。
しかし元は鬼神でした。元を正すとヒンドゥー教のアスラという神の一族になります。『リグ・ヴェーダ』という教典ではヴァルナなる神に仕えており、多少呪術を使うものの悪魔的要素はありませんでした。
しかし、時代が変われば人気も変わって来ます。インドラの人気が上がると、ヴァルナに使えるアスラが主人を差し置いて「怖い悪鬼神」とされるようになりました。
ヒンドゥー教では完全に悪役です。しかし、力に胡坐をかく神々とは違い自分たちに壮絶な修行を課すことで神を超える力を得るなど、少年漫画の主人公のような立ち位置でした。
仏教では正義の神とされていましたが、インドラが仏教入りした帝釈天との戦いが元でどんどん荒んでインド時代の「悪者」に逆戻りします。
そんな中お釈迦様に出会い、救われて護法神となりました。やはり主人公要素がてんこ盛りです。

精霊兼人食い鬼の夜叉

夜叉というと怖いイメージがあるでしょう。
創作物などでは「鬼」の代名詞のように使われることも多々あります。
阿修羅同様、元は完全に悪者ではありませんでした。元はヤクシャ(女性はヤクシニー)という名前で、二面性のある鬼として描かれました。
つまり、人を食う面と救う面です。大元は森の精霊で、自然の持つ恐ろしさと恩恵が、ヤクシャという鬼神一族の元となったの拿個しれません。
仏教に入ってからは毘沙門天(インド名クベーラ)の元、護法神として活躍中です。

自然物から人食い鬼、そして獄卒になった羅刹

夜叉と同じような出自の鬼神として羅刹が挙げられます。こちらもまた自然物に宿る精霊でした。
元はクベーラに仕えていましたが、その弟のラーヴァナが兄弟喧嘩の果てに勝利。ラクシャサたちはそろってラーヴァナの部下となり、神々と戦う羽目になりました。
このラーヴァナという神様、10個もある頭を切り落として燃やす苦行を決行する、シヴァ神の住処を揺らす、他の神様の戦車を強奪する、人妻をさらうなどやりたい放題のやんちゃ神でした。この神に仕えていた為か、ラクシャサも人食い鬼とされるようになります。
仏教に入ってからはクベーラ改め毘沙門天の眷属に復帰。共にご方針となりました。
しかし恐ろしい鬼のイメージがあまりに強かったので、地獄で亡者を懲らしめる役を仰せつかります。悪党をも簡単に懲らしめると言うわけです。
ちなみに、羅刹のかつての主、ラーヴァナは冥界の神々、ヤマにも戦いを挑みました。ヤマは仏教では閻魔様と呼ばれています。

まとめ

恐ろしいイメージのある鬼、鬼神ですが、その根底には時代や人々の心の変遷がありました。「この神様を勝たせるために、こっちを悪役にしよう」という点が少なからずあるのが神話です。そんな人間の心境の移り変わりが、何だか鬼より怖くもあり、また面白くもあります。

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