四字熟語

意外と難しい剛毅木訥の実践

2017-12-11

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「言うは易く行うは難し」というように、「分かってはいるけどなかなかできない」ことは多々あります。理想に近づくのはかくも難しい物なのです。そんな理想形の一つに、剛毅木訥と呼ばれる状態があります。

意味など

【読み】
ごうきぼくとつ

【意味】
剛毅とは物事に決して屈しない強い心。木訥とは飾り気がなく無口な様を言います。

【類語】
質実剛健など。

【用例】
営業課のMさんは、あの気難しいNグループの社長から契約を取ってきた。剛毅朴訥な所を気に入られたんだろう。

論語曰く「剛毅木訥は仁に近い」

何事にも屈することなく、飾ることもない素朴な様は、何だか僧侶を思わせます。
僧侶関係となると、ちょっと一般とはかけ離れた世界を感じ、「自分には無理かもしれない」と思う人もいるでしょう。しかし、この剛毅木訥は、一般人でもその気になれば実戦は可能です。お坊さんだって人間ですし、地道な作業が生活を支えてくれてもいます。「でも何だかぴんと来ない」という方の為、この言葉を送りましょう。「剛毅木訥は、仁に近い」。これは孔子の残した『論語』に記されている言葉です。「余計遠ざかった」とお思いでしょうが、そもそも「仁」というのは人としてあるべき理想の姿を示します。
剛毅木訥とは、「仁そのものではないけど、結構近づいてるよ、いい感じ」と論語で語られているのです。理想形という意味では仏教でのあるべき姿、悟りとどこか通ずるものがあります。

『奥の細道』に登場、仏と呼ばれた男

松尾芭蕉の『奥の細道』には「仏」と呼ばれた人がいました。芭蕉と弟子の河合曽良がある宿に泊まります。
そこの主、五左衛門は自分で自分を「正直者だ」という、ちょっと変わった人でした。「仏の五左衛門なんて呼ばれてるんですよ」とニコニコしながら言うわけです。芭蕉は思いました。「どんな御仏がわざわざこんな腐った世の中に降りて来て、自分ったちみたいな旅人をもてなしてくれるっていうんだろう。坊さんみたいな格好をしているからかな」と、主人の様子を観察です。そして分かったことは、「まさに論語の剛毅木訥だな。ホントに、ただ正直なだけなんだ」ということでした。
まさに、仏のように清浄な正直者だったわけです。

禅問答に剛毅木訥を見たり

禅問答の世界はまさに剛毅木訥と言えるでしょう。実在の僧侶たちがいかにして悟りに至ったか。
ちょっとした何気ない後押しで悟った人は数多くいます。しかし、こうした僧侶は皆いずれも悟りを得たいと修行をし、その最後のきっかけが「何気ない後押し」なのです。実際はそこに至るまでが途方もなく長い道のりと言えます。達磨大使の直弟子にして後継者の慧可は雪の降りしきる中達磨大使に悟りの極意を尋ね、覚悟を見せるべく肩ひじを切断しました。そこまでしなくても悟りは得られますが、覚悟が重要なのです。

まとめ

口で言うのは簡単だ蹴れで、いざ実践となると難しい仏道の実践と悟りの境地。飾り気のない何気ないことでそこに至るにはまさに強い気持ちがいります。
そしてそれは簡単そうで、険しい道のりです。『論語』の「仁」とは、バランスが取れた状態を示します。それもまた、難しいのです。それでも何もしないよりはした方が、何かのきっかけがつかめるでしょう。

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