仏像

俗世との境界線のシンボル江湖

2018-01-26

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聖地と呼ばれる場所があります。宗教に限らず「信者」は存在し、聖地もまた生まれていくものです。
江聖地は大体場所として、デンと構えていますが、時折境界線の形をとることもあります。江湖(ごうこ)がそれです。

禅宗用語の江湖は地名が由来

江湖というのは中国の二つの地名、江西省と湖南省から来ています。
江何故に地名が元になっているかと言えば、その地に関係する二名の僧侶がいたからです。
江この二名は達磨大師の流れをくむ禅宗の直流、第六祖(六代目のトップ)慧能の孫弟子(弟子の弟子)に当たります。
江この二人がそれぞれの土地で説法をし、僧侶たちが両者の間を行ったり来たりしたので江湖と呼ばれるようになりました。

江西省・馬祖道一

僧侶としては珍しく俗名で呼ばれています。この馬祖道一(ばそ・どういつ)という名前は「馬のおじさん」といったところです。
江彼の掲げる禅の思想は馬祖禅と呼ばれています。その内容は、「ごく普通の生活の中に悟りのヒントがあるよ。厳しい修行なんかしなくても大丈夫だよ」というものでした。
江禅宗の修行と言えば座禅、瞑想などであり、その果てに悟ると言うのが一般的な考えとしてあった為、少なからず驚きをもって迎えられました。
江即身即仏など、悟りとは何ぞやと言われて一言でその極意を示すのを得意とします。相手に応じて、指導の方法を変える臨機応変さもありました。

湖南省・石頭希遷

一方の石頭希遷(せきとう・きせん)は、初めこそ慧能に弟子入りしましたが、その死により、慧能の弟子に教えを乞います。
江石頭の思想は馬祖とは真逆で、「修行をして、日常とは違った所に身を置かないと真理は見られない。真理は次元がうんだから」としたのです。比較的ストイックと言えるでしょう。

二人の僧侶の関係

一見すると相反する思想を持った二人ですが、「あいつは間違っている」と睨みを利かせていたわけではありません。
江仏門に限ったことではありませんが師弟関係には相性があります。
江石頭和尚は「自分では悟りに導けない」と思ったら、「馬祖和尚の下へ行きなさい」と進めていました。逆も然りです。「俺の方が正しいわ!」という張り合いではなく、救済、悟らせるの為に弟子を導くのですから、おすすめの師匠の下に活かせるのが賢明でしょう。
江お医者さんが紹介状を書いて別の病院へ行くことを勧めるのと同じです。
江事実、この方法で悟りに至った僧侶は、「前の所では、牛を刺そうとした蚊のように何の成果もなかった」と言っています。

別名は江湖会。禅僧の集まり夏安居

そんな二人の僧侶が世を去った後も、江湖の名は残っています。夏頃に行われる夏安居(げあんご)の別名が江湖です。
夏安居自体はお釈迦様の時代からありました。何かと言えば、僧侶の勉強会のようなものです。大体4月半ばから7月半ばまで、一切の遊行に出ずに修行を行います。
中国の禅宗では、二名の偉大な僧侶にちなみ江湖、もしくは江湖会と呼ぶのです。

まとめ

元々江湖には「川と湖」との意味もあり、この言葉が世間との境界線のシンボルとして使われました。
江湖会が行われる3か月間も、遊行を行わない為、ある意味では世俗との一種の境界となります。さて、あなたにはどちらの教えが合っているでしょう?

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