仏像

働くのは禁止?仏教僧の乞食修行とは

2018-01-26

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一流アスリートや有名人、身近な所で言えば受験生や部活に励む学生の皆さん。
中には「何でそんなに頑張るのか」と言いたくなるほど打ち込んでいる人々がいます。目的があるから行う、という明確な理由がありますね。
これが宗教ともなると「やりすぎでは!?」と思わせるものが多々あります。仏教修行法、乞食(こつじき)もその一つです。

信者の家から物をもらう

乞食の字面から連想されるとおり、これは他者から食べ物を始めとする生活必需品をもらい受けることを意味します。
初期の仏教では乞食をよく行いましたが、お釈迦様も乞食をしていたのです。めぐる家は基本的に信者の元であり、時にはその家でそのまま食べさせてもらうこともありました。

始まりはバラモンの四住期

乞食の起源はバラモン教にまで遡ります。
バラモン教の四つの階級のうち、奴隷のシュードラを除く三階級に属する男子はその人生を住機(アーシュラマ)と呼ばれる四つの段階に区分けしていました。
乞食は最終段階の遊行期(サンニヤーサ)で行われます。湯行期とは住まいを持たず、乞食をしながら行脚をする時期です。

乞食を行うその理由

「食べ物くらい自分で調達したらどうだ」とのご意見もあるでしょう。禅宗では自ら田畑を耕します。
しかし大部分の宗派では農業の生産並びに商売は禁止です。農業の方は仏教における戒律の一つ、「不殺生戒」に抵触し、商売の方は欲にまみれる為です。
農作業をすれば地面を踏み鳴らす、作物を刈り取るなどをした時に虫を殺してしまう可能性があります。そのくらいいいじゃないの、とならないのが仏教です。また自分で生産となると「もっと多くとれるよなあ」などと欲がもたげますが、他者からの施しとなればあまり図々しく出られません。
少しであっても感謝をしようとの気持ちを芽生えさせるのも乞食を行う理由です。感謝だけでなく、仏僧最大の目的である煩悩の滅却並びに悟りにも近づけます。
そして、施す側も自然と功徳が付くという仕組みです。乞食は意外と理になかった修行と言えます。

乞食行の掟

ただ信者の家に言って食事をもらうだけが乞食ではありません。細かい掟がありました。
初期仏教における十二頭陀という規定です。
頭陀(ずだ)とは衣、食、住への執着を捨ててひたすら仏道に励むことを言います。内容は、「金持ちの家にばかり行くな(家で差別をするな)」「一日一回食べればよろしい」と言った所です。
厳しい点もあり、中々にストイックな仏教の性格が出ています。

まとめ

何故こんな苦しんでまで仏道の修行を続けるのか。
悟りを得られるのか。得たところで幸福になれるのか。それは悟ってみないと分かりません。
アスリートにしろ部活に励む学生にしろ、やってみなくちゃ分からないのです。
ストイックな生活の果て、どのくらいさ取れた僧侶がいたのかは分かりません。それでも悟りの為の乞食修行で何かをつかんだ僧侶は多いことでしょう。

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