仏像

下心は駄目?正しい功徳の積み方とは

2018-01-26

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「情けは人の為ならず」という言葉があります。このことわざは一時意味を勘違いされていました。
「人の為にならないから、情けをかけない」というのではなく、「いいことをすると自分に還ってきますよ」という意味ですね。
善行を積めば、それなりの良い目を見ることもあります。

功徳とは何か

一言で言えば善行、善き行いです。もっと言えば人として成すべき善行。
ちょっとした気遣い程度のことからボランティア活動まで幅広く、誰かの為に何かをすることが現代での功徳と言えるでしょう。
サンスクリット名はグナ。元の意味は「性質」です。元々は単なる性質でしたが、後々「善行」「良い性質」と変化し、今に至ります。言葉も出世するのです。功徳は一種の貯金と言えます。
善行を積めばそれだけ徳を積んだことになり、幸福が約束されるのです。つまり、「善い行いに対する良い報い」ですね。

下心は駄目。武帝がダメ出しをされた理由

と言って、見返りを当てにしての善行はいただけません。
誰かの為に何かをすると言う一種のボランティア精神で成し遂げたことが結果的に良いことになるのです。このことは、かの達磨大師も言っています。
その時代に中国を納めていた熱心な仏教徒、武帝が「スンゴイ僧侶がいる」ということで早速呼び寄せました。自分は寺も立てたし、写経もしているし、精進料理を食べている。どのくらいの功徳があるか。
達磨大師は「そんなのは功徳じゃありません」と言いました。写経、寺の建立などは良いのですが、わざわざ「ワシ、こんなにやってるよ。凄いでしょ?」と聞いたのがダメ出しの理由でした。少なくとも武帝は「自分はこれだけ徳の高いことをしている」との気持ちがどこかにあったのです。もっと言えば、「これだけ功徳を積んだんだからお坊様も褒めてくれるし、仏様も何か利益を下さるだろう」との下心が透けていました。
自然に、すっと善行を成せるのが一番の理想なのです。

功徳と利益の関係

功徳という言葉は「いいことがあるよ」と言った意味で使われることがあります。
「この神様は功徳があるからよく拝みなさい」と言った所です。
こちらも功徳と呼ばれますが、「ご利益」といった方が分かりやすいかもしれません。このご利益を与えてくれる仏様も多くいます。菩薩、福徳神(天の一部)などです。
仏教では善行の報いとしての功徳の他、祈っただけで与えられる功徳もあります。ちなみに「ご利益」こと「利益(りやく)」ですが、これは「他の為になる」という意味になります。
つまり、自分の功徳で誰かを幸せにする、ということです。「道で困っていたお年寄りにを助けたらお菓子をもらった。
それを職場の人たちと分け合って食べた」といった構図になります。

まとめ

「これって下心かな」との迷いが生じたとしても、善行にためらいはいりません。
ガンガン善い行いをして、徳を積んでください。少なくとも感謝されることで気分は良くなりますし、何か新しい出会い、世界があなたを祝福してくれる可能性だってなくはないのです。
善行に関して言えば、兎に角迷わないことです。
方法が間違っていることもありますが、その時はちゃんと正しましょう。

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