仏像

ただもらうだけではない托鉢修行

2018-02-04

関連キーワード

ちりん、ちりんと鈴の音を響かせて街頭に立つ僧侶を見かけることは、現代ではそうそうありません。
しかし、かつて農業生産を始め生産活動、つまり働く行為が禁じられていた僧侶たちは他者の施しを修行形態としていました。

托鉢についての概要

サンスクリット名はパインドパーティカ。またの名を乞食(こつじき)といいます。
元はジャイナ教など、古代インドの僧侶が行っていた修行法です。
修行に専念する為、また物を所有することを煩悩と捉えた為、僧侶たちは商売や生産が禁じられていました。そこで、信者などから、最低限の食糧などを得ていたのです。
街に立つ辻立ち、街を歩いて施しを受ける連行などがあります。

施す側にも益がある

修行に専念するとか言って人にたかるなんて。食糧くらい自分で何とかしたらいいのに」と思う方もいるでしょう。
托鉢は何も僧侶が怠ける為の口実ではありません。人に善行を施すことは徳を積むことになるのです。相手が僧侶なら尚のこと。
つまり、施す方は「お坊様、こちらをどうぞ」と食料等を施すことで功徳を積んだことになります。そして何かしらいいことがあったり、場合によっては死後ワンランク上の天界や極楽浄土に生まれ変わることもあるのです。
托鉢の効果はこれだけではありません。寺に閉じこもるよりも托鉢を行うことでいくらか信者との関係が築けます。
そこから仏教に興味を持つ人が増えていき、功徳を積む人もまた増えました。

托鉢用の鉢は後継者の証・「衣鉢を継ぐ」という言葉

托鉢という言葉が示す通り、托鉢の時は手に鉢という容器を持ちます。
禅宗において、この鉢は重要な役割を持っていました。先に述べた通り、仏教僧侶は物の所有が禁じられています。持てても最低限です。その最低限のものが、衣と、少しの食糧を入れておくための鉢です。
禅宗では後継者の印として、この鉢と三つの袈裟を用います。禅宗を開いた達磨大師が、後継者と定めた慧可に教えの極意と共に衣と鉢を授け、それが代々後継者に引き継がれる印となりました。
中国で禅宗の大いに広めた六代目の慧能は出身地の関係で、後継者どころか修行僧にすらなれずに悟りを開き、五代目の弘忍から衣鉢を受け継いだとされます。
これが元で、仏教に限らず学問、芸術の奥義を教えることを「衣鉢を与える」と言うようになりました。

上部座仏教最高位、阿羅漢の意味

仏教は大乗仏教と上部座仏教に大別されます。日本に伝わっているのは大乗仏教です。
上部座仏教では「出家僧だけが救われる。仏陀はお釈迦様だけ」という考えを持ちます。上部座仏教の最高位は阿羅漢(あらかん)という位です。この阿羅漢は元々「供養されるに値する者」という意味になります。
ただ「下さいな」だけの人は見向きもされなかったとの事なので、托鉢を受けられるというのはそれだけ信頼や尊敬を集める僧侶ということです。

まとめ

ただもらうだけではなく、相手に徳を積ませたり、時には仏法について語るきっかけにもなるのが托鉢です。
現代日本では大乗仏教が伝わっており、そちらは物の所有が禁じられていないので托鉢僧を見かけることはあまりありません。
しかしもし見かけたら。何かしら持っている物を寄進するのもいいでしょう。托鉢という行為の背景にあるものを見たい、もっと知りたいと思ったら、お寺に行くことです。
仏法を分かりやすく教えてくれる寺院がたくさんあり、縁があればそこでお話を聞くことができます。

    ▲ページトップ