落語

ただもらうだけではない托鉢修行

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ちりん、ちりんと鈴の音を響かせて街頭に立つ僧侶を見かけることは、現代ではそうそうありません。
しかし、かつて農業生産を始め生産活動、つまり働く行為が禁じられていた僧侶たちは他者の施しを修行形態としていました。

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托鉢についての概要

サンスクリット名はパインドパーティカ。またの名を乞食(こつじき)といいます。
元はジャイナ教など、古代インドの僧侶が行っていた修行法です。
修行に専念する為、また物を所有することを煩悩と捉えた為、僧侶たちは商売や生産が禁じられていました。そこで、信者などから、最低限の食糧などを得ていたのです。
街に立つ辻立ち、街を歩いて施しを受ける連行などがあります。

施す側にも益がある

「修行に専念するとか言って人にたかるなんて。食糧くらい自分で何とかしたらいいのに」と思う方もいるでしょう。
托鉢は何も僧侶が怠ける為の口実ではありません。人に善行を施すことは徳を積むことになるのです。相手が僧侶なら尚のこと。
つまり、施す方は「お坊様、こちらをどうぞ」と食料等を施すことで功徳を積んだことになります。そして何かしらいいことがあったり、場合によっては死後ワンランク上の天界や極楽浄土に生まれ変わることもあるのです。
托鉢の効果はこれだけではありません。寺に閉じこもるよりも托鉢を行うことでいくらか信者との関係が築けます。
そこから仏教に興味を持つ人が増えていき、功徳を積む人もまた増えました。

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托鉢用の鉢は後継者の証・「衣鉢を継ぐ」という言葉

托鉢という言葉が示す通り、托鉢の時は手に鉢という容器を持ちます。
禅宗において、この鉢は重要な役割を持っていました。先に述べた通り、仏教僧侶は物の所有が禁じられています。持てても最低限です。その最低限のものが、衣と、少しの食糧を入れておくための鉢です。
禅宗では後継者の印として、この鉢と三つの袈裟を用います。禅宗を開いた達磨大師が、後継者と定めた慧可に教えの極意と共に衣と鉢を授け、それが代々後継者に引き継がれる印となりました。
中国で禅宗の大いに広めた六代目の慧能は出身地の関係で、後継者どころか修行僧にすらなれずに悟りを開き、五代目の弘忍から衣鉢を受け継いだとされます。
これが元で、仏教に限らず学問、芸術の奥義を教えることを「衣鉢を与える」と言うようになりました。

上部座仏教最高位、阿羅漢の意味

仏教は大乗仏教と上部座仏教に大別されます。日本に伝わっているのは大乗仏教です。
上部座仏教では「出家僧だけが救われる。仏陀はお釈迦様だけ」という考えを持ちます。上部座仏教の最高位は阿羅漢(あらかん)という位です。この阿羅漢は元々「供養されるに値する者」という意味になります。
ただ「下さいな」だけの人は見向きもされなかったとの事なので、托鉢を受けられるというのはそれだけ信頼や尊敬を集める僧侶ということです。

ただもらうだけではなく、相手に徳を積ませたり、時には仏法について語るきっかけにもなるのが托鉢です。
現代日本では大乗仏教が伝わっており、そちらは物の所有が禁じられていないので托鉢僧を見かけることはあまりありません。
しかしもし見かけたら。何かしら持っている物を寄進するのもいいでしょう。托鉢という行為の背景にあるものを見たい、もっと知りたいと思ったら、お寺に行くことです。
仏法を分かりやすく教えてくれる寺院がたくさんあり、縁があればそこでお話を聞くことができます。

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今やファッション?托鉢僧のアイテム頭陀袋

何がどう作用するか分からないのが世間です。言葉とは、時代と共に意味を変えることがあります。仏教用語もまた、時代とともに意味が変わってしまいました。中には、言葉だけでなく物も変化しています。頭陀袋(ずだぶくろ)です。

頭陀袋の読みと概要

頭陀袋はたまに「ずたぶくろ」と称されることもありますが、これは間違い。「ずだぶくろ」と読みます。
では「頭陀」とは何か。捨てる、払い落すと言う意味のサンスクリット語、ドゥーダが元になっています。
頭陀とは僧侶の修行法のことです。どういうものかといえば、衣、食、住に関する欲を垢として捨て去ることを言います。これは「必要以上に欲しがらない」という意味で、全てを断つと言うわけではありません。古代インドでは出家をしたら物の所有が禁止されていました。法律ではなく戒律の関係で、物欲も禁じられていたのです。
その為、最低限の食糧などは他者に恵んでもらう托鉢を行いました。欲とは無関係の物を持つことは許されており、経典などを入れて持ち歩く為に使われたのが頭陀袋です。もらったものを入れることもありました。
今でいうショルダーバッグのような形状ですが、首にかけて胸の前に垂らすのが普通です。

またの名を三衣袋

三衣袋(さんえぶくろ)の異名も持ちます。元々頭陀袋とは、僧侶の衣を入れる為の袋でした。
三つの衣と格のは、アンダーウェアの安陀衣(あんだえ)、不断に着る鬱多羅僧(うったらそう)、儀式などに着る僧伽梨(そうぎゃり)のことです。

死者の首にかける頭陀袋は六文銭入り

時代が変われば言葉だけではなく物の使用法も変わります。頭陀袋もその例外から漏れることはありませんでした。
仏教関係ということで、死者の供養にも使われるようになったのです。仏教では死ぬと仏様の弟子になり修行をするということで、「仏弟子、つまり僧侶になったわけだから頭陀袋を持たせよう」となりました。中に入れるものは宗派によって違いますが、絵に描いた六文銭もしくは六文銭を模した可燃性の物を入れることもあります。昔は本物の六文銭を入れていましたが、現代では恋に貨幣を燃やすことが法律で禁じられているのでできません。
それでも三途の川の渡し賃ですので、紙や木で代用するのです。

遂にはファッションに

昨今では色々なものを入れる縦長円柱型のカバンを頭陀袋と呼びますが、仏教由来の頭陀袋も遂にファッションとして売り出される時代になりました。ジーンズでチャックが付いたカジュアルな頭陀袋まであり、おしゃれに担ぐことが可能。結構幅が広いです。

まとめ

目に見える、そして日常でも使用する物だからこそわかる変遷もあります。修行の為の物入れが今やおしゃれアイテムとなるのですから、世の変貌にはお釈迦様も驚いているでしょう。次は何がどのように変貌していくのでしょうか。

監修:えどのゆうき
日光山輪王寺の三仏堂、三十三間堂などであまたの仏像に圧倒、魅了されました。寺社仏閣は、最も身近な異界です。神仏神秘の世界が私を含め、人を惹きつけるのかもしれません。

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