西洋画

フランスを知るためのきっかけに!ドラクロワが描いた作品の解説

2018-02-07

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「民衆を率いる自由の女神」で知られている、画家が「ウジェーヌ・ドラクロワ」。フランス芸術にとって、切っても切れない重要な存在であるウジェーヌ・ドラクロワは、ドラクロワとして親しまれており、さまざまな戦をモチーフとした作品を生み出し続けたことで知られています。今回、ここではそんなドラクロワが生み出し続けた作品をいくつか解説していこうと思います。

ダンテの小船 (地獄の町を囲む湖を横切るダンテとウェルギリウス)

深みのある暗いタッチが特徴的な、「ダンテの小船 (地獄の町を囲む湖を横切るダンテとウェルギリウス)」。ドラクロワ最初期の傑作として知られている、注目の作品です。

「神曲」という、詩人ダンテ・アリギエーリの代表作の一説をモチーフとしていた作品で、第8歌の場面と言われています。若干24歳という驚きの若さで描かれている作品であり、人々を描く筆致の力強さに注目です。

堂々とした作品ではありますが、残虐さを切り取っている、という挑戦的な作品でもあるために、新古典主義の批評家ドレクリュースには批判されています。一方、高い評価も獲得しており、最終的には政府が買い上げたという異色の作品でもあります。

ダンテとウェルギリウスという人物が、地獄の川を下っていく、というシーンが描写されているのですが、海の中に引きずり込もうとしている死者の存在感に注目です。色使いによる明暗がはっきりと分かれており、その体は彫刻のように隆起した、生気が無い独特な雰囲気を醸し出しています。新古典主義的表現では、今まであまりない恐々とさせるこの描写が話題となり、賛否両論を巻き起こしたのです。

ミソロンギの廃墟に立つギリシア (La Grece sur les ruines de Missolonghi)

中心に美しくも凛々しい姿の女性が立っている、「ミソロンギの廃墟に立つギリシア (La Grece sur les ruines de Missolonghi)」。

この人物は実際に存在していた人物ではなく、ロール嬢という人物をモチーフとしているそうで、ギリシアを象徴化した擬人像と言われています。

この作品は、ギリシアの独立戦争にインスピレーションを得たものであり、イギリス出身の詩人であるジョージ・ゴードン・バイロンが戦死してしまった、そんなシーンが選ばれています。古代ギリシア文化における物理的の崩壊、そして前述したジョージ・ゴードン・バイロンとの対比の効果を演出している、とされています。

この擬人化なのですが、『民衆を率いる自由の女神』へ通じる重要な作品として知られておリ、独創的ながら、破壊的であり民主主義を訴える人々の強い志を感じさせる作品となっています。

キオス島の虐殺 (Scenes des massacres de Scio)

ドラクロワの人生大きく変えた、重要な作品として知られているのが、「キオス島の虐殺 (Scenes des massacres de Scio)」です。

聖書の一部をモチーフとする作品が多い中で、オスマン・トルコの政治的支配に抗うギリシア独立戦争の実話をモチーフとした作品で、その姿が繊細に描写されています。虐殺的行為をなまなましく投影した作品となっており、空虚な顔つきのキオス島の住人が印象的な作品です。

あまりにも、リアリティの高い作風にアントワーヌ=ジャン・グロなども、厳しい批判をしたほどでした。フランス古典主義の巨匠ニコラ・プッサンに強い影響を受けていた、ということで知られており、色濃く筆致からその影響を伺い知ることができます。

賛否両論を巻き起こした作品ではあったものの、サロンへの入選を果たした後、結果政府が買い上げとなったことで、ドラクロワの名声が上がっていくきっかけとなっています。

白い靴下の裸婦(白靴下の女)

裸体の女性を妖艶に描いた、「 白い靴下の裸婦(白靴下の女) (Femme aux bas blancs)」。赤いカーテンの中心にベッドがあり、そこに裸体と白い靴下を履いた女性が横たわっている、何とも官能的な作品となっています。

独特の配置となっていることからも斬新であった、ということで知られている作品で、女性の体も非常に繊細に描かれていることで話題となりました。この作品で注目されているのが、ドラクロワの描く対角線的配置です。

左から対角線状に女性の脚が流れるように、沿っている姿が独創的である、ということで話題となりました。

赤と白、そして肌色、黒といったごくシンプルな色彩でありながらも、その陰影や独特の色彩感覚を取り入れたものとなっており、色彩の魔術師と呼ばれたドラクロワならではなのです。

サルダナパロスの死(サルダナパールの死) (La mort de Sardanapale)

「サルダナパロスの死(サルダナパールの死) (La mort de Sardanapale) 」は、ロマン主義のドラクロワらしい描写で描かれた作品です。惨殺されているような、残酷なモチーフということで、ドラクロワの作品上、最も賛否両論を呼んだ作品です。

詩人ジョージ・ゴードン・バイロンの詩集にインスピレーションを得た作品であり、反乱軍の謀略により失墜する主の最後が描かれている、印象的な作品です。

王の快楽のために用意された馬や女性たちが、民衆によって殺害されるなど、猟奇的な快楽性を描いたことで批判を浴びます。

しかし、火葬される処刑台や布、そしてひとりひとりの表情、さらに叙情を表現させた印象的など、新古典主義の持つ保守的な様式を壊したことで、後世に残されました。

さらに、ユニークなエピソードとしては、政府美術大臣から「この先も画家としてやっていきたいのであれば、こういった作風はもうやめた方が良い」と指摘され、それに従った、という問題作でもあるのです。

民衆を率いる自由の女神−1830年7月28日 (La Liberte guidant le peuple - Le 28 juillet 1830)

ドラクロワの作品として、多くの人々が印象強く脳裏に焼き付いているだろう、作品のひとつが「 民衆を率いる自由の女神−1830年7月28日 (La Libert? guidant le peuple - Le 28 juillet 1830)」です。

国王シャルル10世が言論の自由を奪う勅令をきっかけとして起こる、7月革命がモチーフとなっているのですが、自信が体験したものを具現化したと言われており、歴史的価値が高い作品であるとして政府買い上げとなっています。

中心に力強く右手を当てながら、争いの暗い影に光をもたらす存在となっている女性。フランスの国旗を高々と掲げ、さらには民衆も力強く自由を勝ち取りたい、というイメージを感じさせる、後世に残すべき作品です。

この戦いの後、ルイ18世のブルボン朝は失脚、そしてブルジョワ級のルイ・フィリップが王に。民衆が戦うことで自由を手に入れることができる、ということで、ベルギーやイタリア、ポーランドなどの民族運動などのキッカケとなった、とされています。

この作品は、スペインの画家フランシスコ・デ・ゴヤが描いた、エジプト人親衛隊との戦闘に影響された、といわれています。

ドラクロワで時代を知る

ドラクロワの作品に注目すべき理由としては、フランス、パリの歴史を紐解く作品が多くあるということです。彼自信が体験したことをモチーフとしたり、さまざまな歴史的な経験を芸術へと昇華させています。

ドラクロワの作品を知る、追いかけていくことで、数多くのフランス歴史も紐解くことができるのです。ぜひ、出会うことができる機会があれば、ドラクロワの作品をその目で鑑賞しましょう。

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