日本画

もののけ、色気、笑いとさまざまなジャンルの浮世絵を自由に操る歌川国芳の不思議な世界

2018-03-06

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浮世絵界の中で奇才と呼ばれているのが歌川国芳です。
国吉の絵は、厳しい規制をかいくぐりながら奇抜でおもしろい絵を描くことでも知られ当時の人々から絶大な人気がありました。
そこで、歌川国芳にしかない浮世絵の不思議な魅力について詳しくご紹介していきます。

禁令なんかにめげない歌川国芳の気転

「荷宝蔵壁のむだ書」大判錦絵3枚続 国立国会図書館蔵

天保の改革(1841年~)で風俗の粛正、奢侈の禁止、物価の引き下げなど人々の生活に大きな影響がでます。浮世絵界でも役者似顔絵、遊女、芸者一枚絵の刊行が禁止され摺りも8回以内という制限がいれられました。

国芳は、禁令で好きな絵が描けないことを黙っていられない威勢のいい江戸っ子だったといいます。実際に火消しとも仲がよかったというくらい火事と聞けば駆けつていたというエピソードもあるようです。

「荷宝蔵壁のむだ書」の「荷宝」は「似たから」の洒落で禁令をかいくぐり役者の似顔絵を描いています。落款や刊行名をまるで子どものいたずら書きのようにみせ、「土蔵の壁にあった落書きを写しだけで、けっして役者絵ではないですよ」をアピールしています。

四世中村歌右衛門など当時の人気役者の特徴をしっかりとらえられているようです。遊女の絵が禁止ならと国芳が描いた絵が遊女と客をすずめに変えた「里すゞめねぐらの仮宿」も有名な絵です。

幕府からのおとがめがあったときは「すずめの絵」「ただの落書き」と言って逃れる計算が国吉にはあったのでしょう。そんな国吉の絵は、人々の話題となり競い合って買い求めるほどの人気だったといいます。

禁令のおかげで売上が下がっていた版元は、画才があっておもしろい絵を描く国吉の作品のおかげで大きな利益を得たそうです。禁令をかいくぐった絵を描いた国吉にはまだまだおもしろい絵がありました。

歌川国芳の人柄が見えてきそうなおもしろい絵

「浅草奥山生人形」悳コレクション蔵

新しいものが大好きであったという国吉のおもしろい絵に「ガリバー旅行記」を思わせるような「浅草奥山生人形」という作品があります。朝比奈がいろんな島をめぐり出会った人を描く物語が画題になっています。

「其のまま地口猫飼好五十三次」

大の猫好きといわれた国吉の「其のまま地口猫飼好五十三次」では、似た音をもった言葉で違う意味の言葉にあてはめると地口という遊びでできた「東海道五十三次」があります。「池鯉鮒」と赤くかこって書かれた字の下に「きりゅう」とひらがなで書かれています。これは「器量」という意味をあらわします。

他にも「鳴海」=「かるみ」=「軽身」、「宮」=「おや」=「親」、「桑名」=「くふな」=「喰うな」という風に猫の仕草から五十三次になるおもしろい絵です。国吉の遊心あふれる絵には、嵌絵(はめえ)といったものもあります。見立てともいわれ、黒いシルエットから想像されるような絵とはちがう別の絵が見えてくるというものです。

「歌川国芳絵鏡台合かゝ身」

歌川広重などもこの見立てという絵を描いていますが、国吉ほどおもしろい絵はほかにはないと言われています。国吉の奇想的な絵は、おもしろい絵だけにとどまることなく亡霊というジャンルもでてきます。

亡霊が怖くない歌川国芳の奇想的な絵

「百人一首之内 崇徳院」神奈川県立歴史博物館蔵

小倉百人一首「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思ふ」(川の瀬の流れが速く 岩にあたって2つに分かれている川の流れがまた1つになるように 今別れてしまったあなたともまたいつか会いたいと思っています)

の句で知られた崇徳院が画題になった絵が「百人一首之内 崇徳院」です。保元の乱で敗れた崇徳院は、讃岐に流され讃岐で怨霊になったという話とあわさり、崇徳院の亡霊が稲光とともに異形を放ち岩に踏ん張っている姿が見事に描かれています。

「大物之浦海底之図」大判錦絵3枚続 浦上満氏蔵

「大物之浦海底之図」では、平家の亡霊を描いています。壇ノ浦で入水した平知盛らが大物浦の海底に集まっている姿を物語にしたものです。

亡霊たちの青い顔と青い海の色が重なり不気味でありながら蟹が遠くまで?がっているところや海底の生き物のさまざまな描写がおもしろく、見応えのある絵になっています。国吉の亡霊の絵の特徴には、物語の続編を思わせる描写があります。

型にはまらない歌川国芳の絵には物語が隠されている

浮世絵の世界では役者絵や芝居絵といったものは瓜実顔(美人の基本の型とされた瓜の種のように色白、中高、やや面長な顔)で描くという型がありました。これは、役者の顔を写真のようにリアルに描かないというおきまりのパターンです。

その型にはまらない描き方をしたのが国芳でした。役者絵、芝居絵は、ノンフィクションの世界であることで役者がそのイメージにはまるような描き方が多かったなか、国吉は「誠忠義士蔵 大星由良之助芳雄」で、リアルに見える架空の人物像を作り上げています。

「武士のやけた心をなためつゝつかふ思ひのはるゝ弓弦」とあります。「やけた心」の意味は、たけだけしくはやる心情をあらわしているといいます。

槍を見ると、討ち入り前に自害した早野勘平の忠誠心を悼んでつけられた札があり、頭領として義士たちの思いを受け止め責任を果たそうとする大石由良之助の覚悟が垣間見えてきます。

架空の人物でありながら黒目に白い点を入れ現在にも通じるリアルな描写で肖像画として描いているところがこの絵の魅力です。ぜひ、歌川国芳のさまざまな絵を見る時の参考にしてみてください。

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