ことわざ

魚心あれば水心の意味・使い方

2018-03-30

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意味

相手が好意的な態度を取れば、こちらも好意的に接しようとすること。

由来

もとは「魚、心あれば、水、心あり」という言葉で「魚に心あれば、水に心あり」というものでした。つまり「魚心」「水心」という言葉は後で作られたものであって、はじめは違う言葉であったということです。

その水に棲んでいる魚が水のことを良いと思えば、水の方も魚を良いと思うというところから来ています。そもそも「水」と「魚」はこういったことわざや故事成語には相性の良いものとして頻繁にでてくるものでもあります。非常に親しく接している関係のことを「水魚の交わり」と言ったりするのもこれと言えます。「水魚の交わり」は中国三国時代に劉備が諸葛亮を配下にしたときにずっと一緒にいることを他の配下に指摘されたときに「自分と孔明(諸葛亮)は水と魚である」と表現したところからうまれた言葉です。

また英語表現でも、
Claw me and I will claw you.
(私を掻いてくれたら、私も君を掻いてあげよう)
というものがあります。似た表現と言えるでしょう。

意味の変遷

しかし近年では時代劇などで使用された影響からか少しズレた意味合いで使用されることが多くなっていることわざでもあります。

悪代官が悪徳商人などと結託して悪事を働いているときに、「魚心あれば水心」と悪代官が発言するシーンが多くあったために「何か悪事を行うに当たって配慮してくれれば、それなりの金銭を提供する」というようなイメージがついてしまいました。そこから「何か自分に対して有利になることをしてくれれば、こちらもそれなりの対応をする」という「ギブアンドテイク」のことを表すようになったのです。

「後で自分を手伝ってくれるなら、今手伝ってやる」というようなはじめから見返りを前提として手を貸す時などに使用されることが多くなっています。

しかし本来は「相手の思う心があれば、相手も心を尽くしてくれる」という真心を表現したことわざなのです。正しい使われ方も覚えておきましょう。

使用法、使用例

「おい、暇なんだったら手伝ってくれよ」
「魚心あれば水心というだろう。さあどうする?」
「わかったよ、晩飯をおごるから手伝ってくれ」

類似した意味のことわざ

「肝胆相照らす」・・・おたがいに心の底を包み隠さずさらけだして相手と親しくつきあう、と言う意味です。

反対の意味のことわざ

「落花情あれども流水意なし」・・・水に落ちた花は水のことを想っているが水にはそんな気はない、というものです。相手に想いが伝わらないという意味になります。

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