仏像

嘘というより道しるべ、方便

2018-04-16

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嘘も方便だ、と正々堂々嘘をつく人もいます。それも一種の処世術でしょう。
ことわざには「嘘も方便」と言いますし、時には必要な嘘もあります。
しかしこの方便、実際には「嘘もだもんね」との意味ではありませんでした。

方便とは道しるべであり、準備段階

方便という言葉は、はサンスクリット語のウパーヤを漢訳したものです。
意味は「近づく、到達する」となります。これが何をどうしたら「嘘」になるのか。元々方便ことウパーヤは、悟りを得るためのとっかかりとして使われました。お釈迦様は悟った直後、「情人に理解できるかな」と悩んだとされます。悟りへの道は難しいのです。言葉や文字を使うとかえって混乱する場合があります。
重要なのは智慧ですが、その智慧の力に気付かせるのは、一苦労どころではありません。人は迷いやすく、言葉に動かされる生き物なのです。
そこで、正しい教えに導く為に用意された準備段階の分かりやすい教えが生まれました。「嘘をつくと閻魔様にを抜かれる」というのも方便です。
「嘘はいけないよ」ということをそのように言い聞かせるのが目的なのですから。要はその意図に気付いてもらえればいいわけです。
真実に近づくための智慧の力を引っ張り出す為の便宜上の教えこそが本来の方便です。

お釈迦様も使っていた方便

お釈迦様も方便を盛んに使いました。有名なのが、子供を亡くした母親に対する方便です。子供を生き返らせる方法を探していた母親に、「じゃ、カラシの実をもらってきて子供に飲ませなさい。誰も死人を出したことのない家からだよ」と念を押してカラシを取りに行かせます。
死者を出したことのない家はなく、母親は「誰でも死ぬ、我が子が死んだのも仕方のないこと」と悟ったと言うお話。

もう一つ、仏弟子の一人、アングリマーラのお話もあります。この名前は「指を切る」と言った意味の通り名であり、本名はアヒンサです。
師匠の妻に逆恨みされ嘘の修行法を教えられた、単なる悪党だったなど諸説ありますが100人近い人を殺した殺人鬼で、お釈迦様により改心しています。
仏弟子にはなりましたが、殺人鬼時代のことがある為人々からは迫害を受けることもしばしばありました。
そんな中、難産に苦しむ女性と出会います。「どうしよう」と、一旦お釈迦様の下に向かいました。返って来た返事は「自分は誰も殺したことがないから、その功徳で赤ん坊は無事に生まれると言っておあげ」でした。しかし、100人近くを殺した事実は消えません。「それじゃ嘘ですよね?」と聞き返すと「私の弟子になってからは殺してないだろう?なら嘘ではないさ。さあ、その女性を安心させてあげなさい」とのお答え。言われた通りに言葉をかけると、その女性は無事に出産を終えました。
アヒンサは後にかつての罪で迫害を受けるようになりますが、「これはかつての報いだ」と、悟りに至ったとされます。

菩薩の救済方法の一つ

方便を使う仏はお釈迦様だけではありません。菩薩も時に方便を使用します。菩薩修行には十波羅蜜というものが存在し、その一つが、方便波羅蜜なのです。菩薩は衆生を救済しながら修行をしますが、その為に方弁を使用することもあります。より人間に近しい仏の菩薩は、悟るための智慧こそ持ち、さっさと悟って如来とならず方便というわかりやすい形で仏の智慧を広めてくれるのです。何とも有難い話ですね。

まとめ

人という生き物は非常に厄介な性質を持っています。宇宙の真理を悟るのは難しく、だからこそ、尊いのかもしれません。
方便には中々興味深い物もあり、迷う生き物として生まれたのも悪くはないと思わせることもあります。
ただ面白がるのではなく、ちゃんと正しい方角に進めるよう、方便の裏に隠された意味を探れるように精進したいものですね。

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