四字熟語

合従連衡の意味・使い方

2018-06-06

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意味

中国の戦国時代の外交戦略。連携したり敵対したりを合わせて行うこと。
状況に応じて各勢力が手を結んだり敵対したりする様子のこと。

由来

春秋戦国時代、中国は秦、韓、魏、趙、燕、楚、斉の7つの国に分かれて覇権が争われていました。その中で秦が強大になり他の国に圧力をかけていました。司馬遷が著した「史記」によると、そのころ縦横家である蘇秦は秦以外の6つの国を同盟させ、強大な秦に対抗しようとしたのです。蘇秦は同盟の宰相となって秦に立ち向かいました。これを「合従」と言います。秦は西方にあって、他の6つの国は南北に連なってあったために「従(南北)」を「合(同盟)」したものです。

それに対して秦は1つずつ同盟から切り離していく政策をとります。秦と手を結んで隣国を攻めることで勢力を拡大させるものとしての方策です。これを「衡(東西)」を「連(組ませる)」ことから「連衡」と言います。連衡を語るものは秦の手の者で、6つの国を次々と切り崩していきました。その代表的な人物が張儀です。これらの動きによって7つの国は手を結んだり争ったりを繰り返し、秦は紀元前230年に韓を滅亡に追い込み、わずか10年のあいだに他の国々をすべて滅ぼして中国全土を統一しました。そして秦王である政は自分を「始めての皇帝」として「始皇帝」と名乗るようになったのです。

秦は法治国家として中国を治めていきますが、厳しすぎる法律や滅亡した国からの反乱などもあってまもなく滅ぶことになります。その後、楚の項羽と漢の劉邦が覇権を争い、勝利した劉邦の漢が成立していくことになります。

意味の変遷

現在でも、そのときの利害関係の一致などによってそれまで敵対していた勢力と手を結んだりすることは企業社会や政治の世界では起こっています。
特に選挙の際などに利害が一致した政党がそれまでのいざこざを封印して連携することなどはよくあります。その時の利害次第でコロコロと態度を変えるという意味にも解釈できるこのことわざはあまり良いイメージがなく、「世渡り上手」「臨機応変」というように肯定的にとらえるよりも「節操がない」「短絡的思考である」と否定的にとらえられることが多いことわざと言えるでしょう。
これは実際に合従連衡をし続けたことで結局滅ぼされることになった6つの国の結果が影響しているとも考えられます。

使用法、使用例

「あれ?あの二つの政党って仲が悪かったんじゃないのか?なんで連携してるんだ?」
「合従連衡というやつだろう。選挙が近いからな。与党に対抗したかったんじゃないか」

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