日本史

徳川将軍も痛風だった?! 痛風治療に苦しめられた偉人たち

2018-11-13

関連キーワード

人と痛風の歴史は長く、古代エジプトのミイラから、関節内に蓄積された痛風の原因となる尿酸塩の結晶が発見されています。そのミイラと同時期頃と考えられる時代に活躍した、現代医学の父と呼ばれる紀元前の医師・ヒポクラテスの記述にも、痛風の症状や治療について記されていることから、紀元前から知られる病気の一つと考えられています。

さて、長い歴史のある痛風ですが、その痛風に苦しめられた偉人にはどのような人たちがいたのでしょうか。特に日本で、痛風に苦しめられ治療を行っていた偉人たちについて、お話していきたいと思います。

明治以前の日本には「痛風はない」という記述がある?

日本では安土桃山時代になると、スペインやポルトガルとの貿易が始まり、織田信長が天下統一を果たします。織田信長はキリスト教を保護し、仏教と対立するようになりました。貿易にて鉄砲の伝来と、宣教師によるキリスト教の伝来が盛んになり、ヨーロッパ人が日本国内に来るようになります。安土桃山時代に日本を訪れたポルトガル人宣教師の一人、ルイス・フロイスが「日本人には痛風がない」という記録を残しており、明治初期にもドイツ人医師であるエルヴィン・ファン・ベルツが「日本には痛風はまれである」といった記録を残しています。痛風が日本史において現れ、広く認知されるようになったのは戦後の1960年代になってからと考えられています。

しかし、日本の南北朝時代(西暦約1360?1410年頃)に活躍した僧医である壺隠庵有隣(こいんあんゆうりん)により執筆された、福田方(ふくでんほう)という全12巻の医学書の中で初めて痛風という言葉を用いた記述があると言われています。また、西暦1571年、安土桃山時代の医師である、曲直瀬道三(まなせどうさん)により執筆された、啓迪集(けいてきしゅう)の中にも痛風に関する記述があると言われています。

古代メソポタミア文明の記録にも痛風に関する記述が見つかっている点やヒポクラテスの痛風に関する記述、その他にも世界中で古代から痛風に関する記述が発見されていることを含めて考えると、古代の日本人に全く痛風の人がいなかったとは言い難いように感じられます。古代の痛風は、現代のように確定診断に至る検査技術がなかったため、もしかしたら、現代の痛風と古代の痛風は別な疾患なのかもしれませんが、現代の診断基準を満たすに足る化石の発掘などもあり、痛風の起源として考えると、とても興味深いものであることには変わりありません。

徳川家康は痛風を持っていた?

徳川家康は江戸幕府の初代将軍として知られる、江戸三百年の天下泰平の礎を築いた人物です。家康は、とても自身の健康に気を使う人物だったと考えられており、自分で薬になる植物などを研究したり、日本の医学書や中国から取り寄せた医学書を読んで知識を得たりといったエピソードが残されています。

粗食が健康に良いと麦飯を好んで食べたり、運動が健康に良いと鷹狩りや剣術の稽古などを行っていたりしたようです。そんな家康ですが、痛風だったという俗説が存在しています。その理由の一つに、鯛を天ぷらにしニラの醤油だれに漬け込んだ、鯛の南蛮漬けを好んで食べていたからではないかというものがあるようです。

家康の持病に関しては諸説あり、痛風もそうですが、サナダムシに寄生されていたという説や、腹に大きなシコリがあったことから胃がんだったのではないかという説もあります。

今では真相は分かりませんが、南蛮漬けばかりを食べていて、あちらこちらを痛がっていたのであれば、現代では痛風と考えられてしまうかもしれませんね。

自身の健康にとても気を使い、薬の調合や進んで医学の勉強をしていた家康も、病に苦しめられ、治療をしながらもどんどん痩せていったという記述が残されているそうです。しかし、家康は激動の時代を生き抜いたにもかかわらず、徳川15代将軍の中で、最終将軍だった徳川慶喜に次いで長寿だったとされており、そのことからも健康に気を使っていた人物だったと思われます。

他にも、安土桃山時代は天下統一を果たした織田信長や、その後、国を平定させた豊臣秀吉がいます。この二人にも食べ物や持病に関するエピソードが諸説あり、もしかしたら、痛風じゃなくても、何かしらの生活習慣病を持っていたのかもしれませんね。

最近足が痛む?痛風・尿酸値・プリン体対策なら恵葉プレミアム。



明治以降、痛風に悩まされた偉人たち

日本において西洋医学が発展し、明治31年東京大学の近藤次繁博士により、初めて「痛風性関節炎の一例」として、痛風に関する報告がされています。明治になり文明開化したことにより、西洋医学が入ってきただけでなく、西洋の食文化も取り入れられるようになりました。

そして、明治維新による官僚国家となり、貧富の差が給与という目に見える形で現れ始めました。自由競争も生まれ、特定の才能を活かした職業であったり、商売が成功したりで、富を得た者たちも出てきます。

明治中期にかけて流行してきた食べ物に、すき焼き・コロッケ・ビフテキなどといった料理があります。また、お菓子やパンも食べられるようになってきました。ただ、一部の富裕層しかこれらの料理を食べられなかったため、農村部の食生活はこれまでと同じ粗食が中心で、痛風の原因となりそうな食事はできませんでした。

この頃より、少しずつ痛風を発症する人たちが増えてきたと考えられ、その患者のほとんどが裕福な上層階級の人間だったと言われています。明治後期になると、軍隊の育成で栄養がたくさんとれるようにと、さらに食の西洋化が進んできます。

文明が急激に進歩し始めた時代であり、富も名誉もある人間が病に侵されていることを公言することができるはずもなく、実は痛風であった日本の偉人の名前は不明ですが、当時給与が高かった偉人に、伊藤博文、森鴎外、夏目漱石などがいます。もしかしすると、痛風やその他の生活習慣病を持っていたのかもしれませんね。

日本では西暦1960年代に入るまで、あまり聞きなれなかった痛風ですが、そのルーツを辿っていくと、南北朝時代までさかのぼることができました。東洋全体で見ても、比較的珍しい疾患だったと考えられています。日本の伝統的な和食は、日本の民族に合った食文化であり、万病を防ぐためのバランス食だったのではないかと感じられます。

しかし、今は飽食の時代。和食だけではなく、いろいろな食べ物を楽しみたいところですが、やっぱり痛風には不安を感じるのが本音のところ。そんな不安から解放されたいあなたには長い研究の歴史から生み出された信頼のサプリメント『恵葉プレミアム』をおすすめします。偉人たちのように痛風におびえず、気兼ねなく飲食できるようになりますよ。

最近足が痛む?痛風・尿酸値・プリン体対策なら恵葉プレミアム。



    キーワード一覧

    ▲ページトップ