景勝地

歴史をつなぐ名勝、錦帯橋

2018-08-07

関連キーワード

錦帯橋は日本三名橋や日本三大奇橋にも数えられる橋で、名勝に指定されています。山口県岩国市の錦川に架けられている木造のアーチ型の橋です。

錦帯橋の歴史

錦帯橋は江戸時代1673年に岩国藩三代目藩主であった吉川広嘉によって創建されました。錦川に架けられている唯一の橋であり、城郭がある横山と城下町である錦見を結ぶための大手橋で長さが210m、横幅5m、高さは11mほどです。

横山と錦見の間にはこの錦帯橋以前にも橋はありました。まず初代藩主吉川広家が岩国城を築城した際に大手橋として橋を架けたとされていますが、錦川は非常に洪水が多く、橋を架けても長くは持たずにすぐに流されてしまっていたようです。同様に二代藩主である吉川広正が架けた橋も2年も持たないうちに洪水によって流され、そのころから簡単に洪水で流されない橋を架けることが考えられたとされています。

三代藩主広嘉が錦帯橋を架けた際に参考としたとされるものが二つあります。一つは甲斐の国の猿橋です。室町時代ごろに創建されたとされる猿橋は構造が錦帯橋と似ている部分があります。広嘉も大工を甲斐に派遣して調査させます。その目的は洪水のたびに流される橋脚を使用しない橋を作るためであったとされています。猿橋は橋脚がない跳ね橋でした。しかし錦川は川幅が200mを超える規模の川であり、長さが30mしかない猿橋の構造をそのまま真似することはできませんでした。

そうしたころ広嘉の病気治療のために長崎から岩国に来ていた独立性易(独立禅師)と話をしていたときに中国の杭州にある西湖に架けられた6連のアーチ橋のことを知ります。西湖のことを書いた「西湖志」を急遽長崎から取り寄せて西湖志の口絵を広嘉に見せたところ広嘉は机を叩いて喜んだとされています。

これをもとに島に連続してアーチ橋を架けるという基本構想ができました。アーチ橋の橋台を石垣で強固にすることと、積み上げた石垣の内部に割栗石を混ぜ合わせて詰め込むことで、石垣の中を水が流れて抵抗を少なくするというようにしたのです。

そして甲斐に調査にも出かけた大工である児玉九郎右衛門の設計によって1673年に5連のアーチ橋である錦帯橋が完成したのです。しかしこの橋は翌年の洪水で流されてしまいました。すぐに橋台の敷石を強化して再建され、このときに完成した錦帯橋は昭和の時代に至るまで約250年間流失することはありませんでした。

しかし橋は基本的に藩が管理しており、橋の補修費用のために常に「橋出米」という特別税が徴収されていました。この税は身分を問わずに徴収されましたが、実際にこの橋を渡ることができるのは武士と一部の商人だけで、それ以外の身分のものは渡ることが許されていませんでした。どの身分のものも渡れるようになったのは明治時代になってからのことでした。

錦帯橋の再建

再建されてから276年もの間、流失しなかった錦帯橋ですが、1950年に日本を襲った台風による大雨で錦川が増水したことによって、ついに流失してしまいました。

岩国市民にとって錦帯橋の流失は精神的に大きな痛手となりましたが、すぐに市議会において、「錦帯橋復旧再建に関する決議」が行われ、再建に向けた運動が起こりました。

錦帯橋は大正時代には国道から市道に変更されていたために再建費用がすべて国から支給されるというわけではありませんでした。しかし市の財政だけではその費用を賄えることはなかったために国との間に負担金の相談が何度も行われ、ついに一部再建費用が負担されました。

1951年から延べ約7万人、総工費1億2000万円をかけて作られ、1953年に完成しました。そして新たなシンボルとして役割を果たしてきた錦帯橋ですが、木造部分の傷みが見られてきたために約50年ぶりに2001年から2004年にかけて「平成の架け替え工事」が行われました。
この時の工事は橋脚部分を除く木像部分は元の形に原形修復を行う大工事となり、総事業費約26億円がかけられました。材料費に約半分の13億円がかけられたのには理由があります。錦帯橋は木造橋のために使用される木材も腐朽に強い赤身材がほとんどです。ヒノキや松、ケヤキなどは丈夫ですが高価なために費用がどうしてもかかってしまうのです。
26億円のうち3億円ほどは国や県から補助金を受け、残りは橋を渡るときに集めていた「入橋料」と付近の住民の寄付で賄われました。「入橋料」は1966年以降に観光客から集めていたもので、往復同額となっています。料金所は8時から17時まで(夏の間は19時)で、それ以外の時間帯は夜間料金箱に各自で料金を支払って橋を渡るようになっています。橋自体は24時間通行は可能ですが、夜間ライトアップは22時までです。

工事が終わった翌年の2005年には台風のために再び補修が必要となり約4000万円をかけて補修が行われています。

交通アクセス

岩国駅からは、いわくにバス「錦帯橋」(錦帯橋バスセンター)方面行きのバス
防長交通バス「徳山駅」「高森」行きのバス
西岩国駅からは、いわくにバスにて「錦帯橋バスセンター」に連絡しています
川西駅からは、いわくにバス(系統番号:42、65、66)で移動可能
新岩国駅からいわくにバス(岩国駅行き)で約12分ほどです

    ▲ページトップ