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他では食べられない、青森グルメを食べたい!〜味噌カレー牛乳ラーメン、十和田バラ焼、八戸せんべい汁〜

2019-11-21

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青森県にはB級ご当地グルメの祭典である「B-1グランプリ」でも上位にくるようなグルメがいくつもあります。
青森を訪れた際にはぜひそれらを味わってみましょう。
ここでは青森県のグルメの中でも特におすすめのものを紹介していきたいと思います。

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1.味噌カレー牛乳ラーメン

名前のインパクトが強すぎて「イメージが湧かない」と言われるグルメでもありますが、このラーメンは1970年代頃から存在している歴史あるご当地グルメなのです。
はじまりは札幌でラーメン店を経営していた佐藤清氏が東北地方にも札幌ラーメンを広めたいという理由で1968年に青森市にラーメン店「味の札幌」を開店したことでした。
王道の札幌ラーメンで人気を博していた店ですが、地域の中高生の間でこのラーメンにコーラやマヨネーズなど、様々な飲み物や調味料などを入れるという食べ方が流行しました。
この時は当然美味しくないものも大量にできたのですが、色々なパターンが試されていく中で「味噌ラーメンにカレーと牛乳を入れて混ぜると美味しい」という評判が広まっていきました。

札幌ラーメンだけでなく、青森県独自のご当地ラーメンを考えていた店主は、それらのうわさや評判を実際に試していき、1978年に正式なメニューとして「味噌カレー牛乳ラーメン」をついに完成させたのです。
それから時が流れて店主はすでに亡くなりましたが、その店で修行をしていた弟子たちが味噌カレー牛乳ラーメンを引き継いでおり、青森市内でそれぞれの店を構えています。
現在、正式な味噌カレー牛乳ラーメンはその5店舗で食べることができますが、店によって少しずつ味付けやトッピングに違いがあるので、それぞれを食べ比べてみるのもおもしろいかもしれません。
なお、味噌カレー牛乳ラーメンは2008年からカップラーメンとしても発売されています。

2.十和田バラ焼き

十和田市は十和田湖、奥入瀬渓流などの美しい自然で有名な場所ですが、ここには「十和田バラ焼き」があります。
この料理は市内だけでも提供店が80軒を超える人気ぶりで、本場の十和田バラ焼きが多くの店で味わえます。
もともとは隣の三沢市で屋台から生まれたとされています。
三沢には大規模な米軍基地があり、付近には全国から建設作業員が集められていました。
体力仕事に従事する作業員たちはお腹いっぱい肉を食べたいと希望しますが、当時はまだまだ牛肉が高価な時代で簡単には手に入りませんでした。
しかし、三沢市では米軍の払い下げでバラ肉などを安く入手できたのです。
そのバラ肉とスライスした玉ねぎを鉄板で豪快に焼いたものが隣の十和田市に伝わって「十和田バラ焼き」が誕生したのです。

店によって多少の違いはありますが、オーソドックスな十和田バラ焼きのスタイルは「タワー焼き」と呼ばれています。
この焼き方はバラ肉と玉ねぎの割合を2:3程度になるようにして、玉ねぎから焼いていきます。
十和田バラ焼きの基本でもあるしょうゆベースの甘辛いタレで焼いていき、火が通ったくらいに積み上げていた牛バラのタワーを崩して焼いていきます。
中火で5分ほど焼くと玉ねぎが茶色になり、バラ肉にも火が通ってきます。
最後に強火でしっかり焼いて余計な水分を飛ばせば完成です。
バラ肉、玉ねぎ、しょうゆベースのタレだけというシンプルな材料で作れる十和田バラ焼きはボリュームも満点です。
タレには青森県産のにんにくやりんごが使われており、独特の甘さを醸し出しています。

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3.八戸せんべい汁

寒さの厳しい東北では食文化も独自のものでしたが、江戸時代の後期になると穀物を中心とした江戸の文化が浸透していきます。
南部八戸では「麦」「蕎麦」の食文化が発展していくことになりました。
そこで生まれたのが半熟焼きの「蕎麦せんべい」「麦せんべい」など、現在の「南部せんべい」の原型とも言えるせんべいです。
せんべいは主食としても食べられ、持ち運びが便利なため、間食にも適していました。
さらに季節の具材を入れた鍋や汁にちぎって入れるという食べ方も広まっていきます。
これが「せんべい汁」のはじまりです。

当時のせんべいは各家庭の囲炉裏などで焼かれていましたが、せんべいの需要が高まってくると大量に生産する必要が出てきました。
明治時代に入ると八戸の製鉄所が鉄製のせんべい焼型を生産して普及させたことで南部せんべいの製造地域はさらに広がり、生産される量も増加していきました。
この頃に大量生産されたせんべいは以前のような半熟焼きではなく堅焼きのものとなっています。
時代が昭和になると鍋や汁につけて煮込んでも崩れにくい「おつゆせんべい」が登場し、「せんべい汁」といえばこの堅焼きのおつゆせんべいを割って入れるものが定番となっていきます。

そんなせんべい汁が全国的に有名になったのは平成の時代に入り、一般市民によって設立された「八戸せんべい汁研究所」が関係しています。
平成15年に誕生したこの団体は平成18年にB級ご当地グルメの祭典「B?1グランプリ」を企画し、このイベントを通して一気に知名度を上げていったのです。
現在でも「八戸せんべい汁研究所」は、八戸せんべい汁の普及活動を続けています。

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